まず盗聴方法はターゲットの家の窓にレーダーを当てて窓に響く声の反響音で声を解析して読み取る最新鋭の方法らしい
で、盗撮方法は端末のWi-Fi電波から盗撮する方法で端末のカメラから端末を見てる自分の姿が映るらしい
これでターゲットの家に住居侵入しなくても盗聴、盗撮が可能らしいわ
GPSは車両の何処かに仕掛けられている
らしい
発見費用は探偵か興信所の数万円の所に頼むのが良いと思うね、数十万円の所は普通にボッタクリだと思うしね?
もしかしたらこの最新鋭の方法だと
探偵や興信所でも見つけられないかも知れないからそれ専門の所に頼むのが良い
単純にレーダーの方は窓にカーテンか簾をして遮断したりWi-Fi電波盗撮の方はWi-Fiを遮断すれば解決するかも知れない
車内も盗聴器盗撮カメラが仕掛けられており車内の様子も聴いてる音楽も聞かれてるらしいわ
車内の様子も見られてるし
聴いてる音楽も聞かれてるらしいわ
LED電球も音で振動して盗聴に使えるとか記事があった記憶
創価の盗聴方法にはコンクリートを外壁に取り付ける方法もあってこれも住居侵入しなくても良い方法だね
これは証拠隠滅の為に「回収」しに来る
みたいだから俺はこっちをやられてる可能性が高いわ
>>12 どんな感じの被害ですU^ェ^U?
GANG STAL KING
自分この感じですけど
http://2chb.net/r/police/1657668323 どなたか次スレ立てお願い出来ませんか自分の多分国際法抵触しちゃうレベルポいんで上記のスレテキトーに通報して大丈夫ですよ警察動かなくて困ってるんですよね…
>>13 俺もとうに人権侵害レベルまで嫌がらせされてますよ?
今日は祝祭日だったからそう価の活動家がアンチ二世とかでマークしてる連中の周囲に繰り出してたな。奴ら休みで動ける活動家使ってシフト勤務のアンチが乗るバスとかに乗り込んで後ろの席から写真撮ろうとしてたな。
マークしてる人間の風貌を経年変化したのでアップデートして嫌がらせ部隊に配るつもりだろう。
統一の件でカルト批判が高まってるからアンチに対して先手打ってきてんだよな。
妙に後ろの席の奴がこちら覗き込んでくる気配を感じた後、面構え見てすぐソウ価のカス活動家工作員ってわかったわ。
こっちも携帯覗く振りして自撮りモードで写真とったったわ、そしてそれを撮ったぞとあえてわかるかたちで対応したら顔ひきつっとったわw
ビビるぐらいならスナよw
とりあえず仲間内で共有はさせてもらったぞ。
バス降りてから某ビルのエレベーター前におったおっさん、あんたも工作員だろ。写真撮られた報告受けてビビんなよw
待ち伏せしてたくせに会釈すんなwバレてんだよw
俺は警視庁か公安に動いて貰う事を強く
望んで居るんだが?
後はこの創価学会員による犯罪をマスコミや週刊誌に流すか
一日一善
コンビニで車でショートカットとかしたら
運が悪くなる、神様は見てる
こんな理屈でふざけたゴミクズ組織
だんだん反抗的になるかな?
言うこときくかな?きかないかな?
レクサス乗ってるヤツ「いつも感謝、回りに感謝の気持ちを忘れずに」
>>1 そんな凄い科学持ってるわけ無いじゃん
実態は地域単位(近隣の団地の学会員)同士などでの共謀とか結託で
連絡取り合って嫌なことをするんだよ
江戸川区松江2丁目創価学会は集団ストーカーを3年間実行している。いまも続いている。
集団ストーカーは町の創価学会が選挙人買収でカネばら撒いているだけだ。
目的は選挙だ。バレたら公職選挙法で逮捕されるだろう。しかも連座制だ。
こいつらに罪の意識はない。票が積み重なればいいだけだ。
>>31 あるぞ、タブレットのカメラにテープ貼ったらもう全裸も撮ったからって上の階から言われたわ
中年親父の撮って何が嬉しいのかと、女性だったのでちょっと興奮した
江東区木場にあるNRIデータiテックといえば集団ストーカーのフロント企業だ。その上創価学会をカネで裏切り創価学会を平気で敵に回す言動を繰り返すことでも有名だ。従業員たった300人の会社だ。怖いもの知らずとはコイツらのことを言うんだろうなwww
青木結子、青木朋子と山口恵美という女を振りかざしカネも払わないくせにデカい態度が特徴のふざけた会社だ。関係者の逆鱗にも触れているところだ。こんな会社に舐められて屈辱だってみんなマジギレしているよwww
創価学会も警察も欺いて被害者にストーカーの烙印を押す横暴な態度も関係者の逆鱗に触れているところだ。
退職した職員を創価学会を使って会社に戻すように仕向けるのが手口だ。会社に戻るのなんか明確に拒否しているのに続けている。教育委員会など罵倒することで有名な千葉県立桜が丘特別支援学校と仏敵川崎も仲間だ。組織の反逆者として有名な篠原、矢作、吉田、金内も共謀している。社会の制裁が必要だろうな。
アメリカのカトリック聖職者は精神世界を二つに区分し、一方には聖書に啓示された教義をそのままに置いて、議論の余地なくこれに服するが、政治の真理はもう一つの世界にあるとし、ここでは神はこれを人間の自由な探求に委ねたと考える。
アメリカの聖職者は市民的自由を全面的に支持し、信教の自由を認めぬ人々をさえそれから除外しない。しかしながら聖職者が特定の政治体制に支持を与えることはない。彼らは注意深く政治問題の局外に立ち、党派的関係に巻き込まれない。
私自身の信仰から、カトリックの聖職者にはとくに近づき、その中の何人かとはやがて親しい間柄になった。そのうちの誰に対しても、私は自分の驚きを語り、疑問を打ち明けた。すると、これらの人々の意見が違うのは細部に関することだけであるのが分かった。誰もが、この国における宗教の平穏な支配の主要な原因を、宗教と国家との完全な分離に帰した。私は、アメリカ滞在中、この点で考えを異にする人間には、聖職者と平信徒とを問わず、ただの一人も出会ったことがないと言って憚らない。
聖職者自身の考えを調べてみると、この人々の多くは自発的に権力から遠ざかっているようであり、その外に立つことに一種の職業的矜持をもつように見えるのに気がついた。
彼らは野心と不誠実に対しては、それがどんな政治的意見を装おうとも、口を極めて非難した。だが、彼らの話をよく聞いてみると、人が真面目に信じるものであれば、政治的見解を理由に神の前で罪とされることはありえず、政治において過ちを犯しても、家の建て方や畝のつけ方を間違えるのと同じく、なんら罪ではないと言うのであった。
彼らはすべての党派から注意深く距離をとり、個人のあらゆる利害を傾けて、党派との接触を断っていた。
『アメリカのデモクラシー』トクヴィル
宗教がその力を、万人の心を等しく捉える不滅への希求の上にのみ基礎づけようとするとき、それは普遍性を目指しうる。だが宗教が一つの政府と一体化してしまえば、特定の国民にしか適用できない教えを採用しなければならぬ。こうして宗教は、一つの政治権力と結ぶことで、ある人々に対する力を増大させ、万人を支配する望みを失う。
宗教があらゆる不幸を隔てなく慰める感情にのみ支えられる限り、それは人類の心を引きつけうる。宗教が現世の恨みつらみと混じり合うと、愛というより利益で結びついた宗教の同盟者を守るだけのものになってしまうことがある。そしてしばしば、宗教をなお愛しながら宗教の同盟者と激しく戦う人々を、敵に回さねばならなくなる。宗教が為政者の物的なカを分かちもてば、必ずや為政者のかきたてる憎しみの一部をも身に引き受けねばなるまい。
ある宗教がその力の源を、歴史のあらゆる時代に同じように繰り返し現れる感情、本能、情熱に見出している限り、それは時の挑戦をものともしない。少なくとも、別の宗教によってしか滅ぼされぬであろう。だがそれが現世の利益の支持を得ようとすると、地上のあらゆる権力とほとんど同じように脆弱になる。独りでいれば、永遠を期待できるのに、束の間の権力と手を結ぶと、その運命の後を追い、しばしば権力を支える一時の情念とともに滅びる。
だから宗教は種々の政治権力と手を結んでも、厄介な同盟関係に入るだけである。宗教が生きるために政治権力の助けは要らず、政治権力に仕えれば、宗教は死ぬかもしれない。
アメリカの聖職者は他の誰よりも前にこの真理を認識し、行動をこれに一致させた。彼らは、政治的権力を得ようと思うならば、宗教的影響力を放棄しなければならぬことを理解し、政治の有為転変を共にするよりは、その支持を失う方を選んだのである。
ヨーロッパの不信仰者は、キリスト教徒を宗教上の敵というより、政治的な敵として追及している。彼らは誤った信仰という以上に、一党派の意見としてキリスト教を憎むのである。聖職者の中に権力の友を見てこれを退けるのであって、神の代理人を拒むのではない。
『アメリカのデモクラシー』トクヴィル