ジョージ・ワシントン大学でプレイしていた渡邊雄太選手
日本人として、田臥勇太選手以来のNBAプレーヤーが誕生した。彼の名前は「渡邊雄太」。
香川県出身の彼は小学1年生からバスケットボールをはじめ、尽誠学園高校卒業後、日本の実業団でも大学でもなく、アメリカ留学を決意した。日本ではプレイ面に関する報道が多くを占めるが、彼の本当の凄さは他にあるのではないか?そう考えた編集部は、アメリカの学生スポーツに長年携わるスタンフォード大学スポーツ医局アソシエイトディレクター、山田知生さんにインタビューを行い、学生スポーツの現場から見た彼の“真の凄さ”を探った。
◇ ◇ ◇
ー山田先生はアメリカの学生スポーツの現場に長年携わってらっしゃいますが、具体的にどのような活動を行ってきたのでしょうか?
「私自身はスタンフォード大学の男子バスケットボールチームで2016年まで14シーズンの間ヘッドアスレティットレーナーを務めました。その間ジョシュ・チルドレス(三遠ネオフェニックス)、213cmの双子、ブルック・ロペス(ミルウォーキー・バックス)、ロビン・ロペス(シカゴ・ブルス)を始め、8名ものNBA選手を輩出しました。今回の渡邊選手の快挙は、NBAにドラフトされる難しさと、そこでプレイするレベルの高さをずっと現場見てきましたので、これは非常に喜ばしいことだと思っています」
ー日本人がNBAのコートに立つということ、この意味を改めてお教えいただけますでしょうか。
「NBAは世界中でバスケットボールをしている人間にとって憧れであり、夢の到達点です。一度でもそこのコートの上に立ったものには多くのリスペクトが与えられます。2004年に日本人として初めて田臥選手がNBAのコートに立った光景をテレビで見ていた事を思い出します。その後彼は数試合で登録を抹消され、再びNBAのコートに立つことはありませんでしたが、誰もが辿り着けるわけではないNBAという舞台に立てたことは当時バスケットボール後進国だった日本にとって夢のようなニュースでした。その後、シーズンオフに数人のNBA プレーヤーがスタンフォード大学を訪れた際、私に“田臥は速かった”、“日本にも素晴らしいバスケットボールプレーヤーがいるね”と話してくれ、誇りに思ったことを今でも思い出します。その田臥選手に続く快挙ですから、もっと賞賛を浴びていいのではないかと私は思っています」
ー編集部では、高校卒業後すぐにアメリカ留学を選んだ彼自身のキャリア選択にも注目が当たっても良いと考えているのですが、山田先生はどのような考えをお持ちでしょうか?
「仰る通りです。今回、渡邊選手が日本人2人目のNBAプレーヤーとしてコートの上に立った事は非常に素晴らしいことです。それと同時に評価されるべきは、彼は4年間をアメリカの大学で過ごし、学業とスポーツの両立を成功させ、4年時にはチームの要であるキャプテンに指名され、チームをまとめたこと。これはアメリカの大学に勤務して20年、毎日のように練習と勉強に明け暮れている学生選手を見ている私にとっては驚異的と言っても過言ではありません。
>>2以降に続きます
11/30(金) 5:02配信 VICTORY
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20181130-00010000-victory-spo&p=2
日本人として、田臥勇太選手以来のNBAプレーヤーが誕生した。彼の名前は「渡邊雄太」。
香川県出身の彼は小学1年生からバスケットボールをはじめ、尽誠学園高校卒業後、日本の実業団でも大学でもなく、アメリカ留学を決意した。日本ではプレイ面に関する報道が多くを占めるが、彼の本当の凄さは他にあるのではないか?そう考えた編集部は、アメリカの学生スポーツに長年携わるスタンフォード大学スポーツ医局アソシエイトディレクター、山田知生さんにインタビューを行い、学生スポーツの現場から見た彼の“真の凄さ”を探った。
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ー山田先生はアメリカの学生スポーツの現場に長年携わってらっしゃいますが、具体的にどのような活動を行ってきたのでしょうか?
「私自身はスタンフォード大学の男子バスケットボールチームで2016年まで14シーズンの間ヘッドアスレティットレーナーを務めました。その間ジョシュ・チルドレス(三遠ネオフェニックス)、213cmの双子、ブルック・ロペス(ミルウォーキー・バックス)、ロビン・ロペス(シカゴ・ブルス)を始め、8名ものNBA選手を輩出しました。今回の渡邊選手の快挙は、NBAにドラフトされる難しさと、そこでプレイするレベルの高さをずっと現場見てきましたので、これは非常に喜ばしいことだと思っています」
ー日本人がNBAのコートに立つということ、この意味を改めてお教えいただけますでしょうか。
「NBAは世界中でバスケットボールをしている人間にとって憧れであり、夢の到達点です。一度でもそこのコートの上に立ったものには多くのリスペクトが与えられます。2004年に日本人として初めて田臥選手がNBAのコートに立った光景をテレビで見ていた事を思い出します。その後彼は数試合で登録を抹消され、再びNBAのコートに立つことはありませんでしたが、誰もが辿り着けるわけではないNBAという舞台に立てたことは当時バスケットボール後進国だった日本にとって夢のようなニュースでした。その後、シーズンオフに数人のNBA プレーヤーがスタンフォード大学を訪れた際、私に“田臥は速かった”、“日本にも素晴らしいバスケットボールプレーヤーがいるね”と話してくれ、誇りに思ったことを今でも思い出します。その田臥選手に続く快挙ですから、もっと賞賛を浴びていいのではないかと私は思っています」
ー編集部では、高校卒業後すぐにアメリカ留学を選んだ彼自身のキャリア選択にも注目が当たっても良いと考えているのですが、山田先生はどのような考えをお持ちでしょうか?
「仰る通りです。今回、渡邊選手が日本人2人目のNBAプレーヤーとしてコートの上に立った事は非常に素晴らしいことです。それと同時に評価されるべきは、彼は4年間をアメリカの大学で過ごし、学業とスポーツの両立を成功させ、4年時にはチームの要であるキャプテンに指名され、チームをまとめたこと。これはアメリカの大学に勤務して20年、毎日のように練習と勉強に明け暮れている学生選手を見ている私にとっては驚異的と言っても過言ではありません。
>>2以降に続きます
11/30(金) 5:02配信 VICTORY
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20181130-00010000-victory-spo&p=2