信忠
政治35 知力41 統率85 武力88
くらいか? 統率や武勇は武田攻め、二条城の戦いの奮戦で高いとは思うが、さっさと逃亡しなかったり、織田の行く末を考えなかった点から知力は低いと思う。
信忠 は正統な皇統である南朝の天皇として安土城で即位したであろう(建武中興である
秀吉は信忠生きてても大返しするだろうけど
これって厳密には方面軍司令官が中央(当主である信忠)の命令を受けずに
勝手に軍を動かしたと捉えて処罰することも可能なんだよね
明智征伐直後に問題にはならないだろうけど、10年後とかに信忠と秀吉の関係が悪化すれば
佐久間信盛みたいに過去の問題を蒸し返して追放もあり得るな
>>5
史実と同じく毛利が見逃すとも限らんけどな
織田家当主が健在なら叩いとかないと再侵攻してくるかもしれんし
史実の場合は中央の政争で時間を取られるってのと秀吉に恩を売っとけばってのがあったから
信忠健在なら史実以上の政争は無いだろうし秀吉に恩を売っても信忠が侵略命令を出したら無に帰す 毛利(安国寺恵瓊)が信長・信忠死んだのわかった上で和睦した説はあるけど
それだと清水の切腹条件が理屈に合わないんだよね
だから和睦自体は同じ条件で成立する
史実言うなら毛利は織田との長期戦での疲弊で秀吉叩く力なんてすでになかっただろ
まぁ秀吉が大返しできたのは毛利と講和を結んだからできたわけで、毛利が拒否したら秀吉はそのまま動いてない
毛利としては高松城への後詰めも出来ず打つ手なしの所を
清水の切腹だけで城兵の命は助けるという条件に飛びついただけだわな
この時期の毛利も上杉も追撃するような力は残ってない
講和は可能だろうけど秀吉の独断でやったら大なり小なり問題にはなるだろな
信忠生存が伝わってたなら毛利とにらみ合いながら情報収集、畿内に居る信孝・丹羽らと連絡ってとこになるんじゃないかな
史実みたいに一気に畿内に舞い戻るなんて事にはならないだろう
信忠が生きてるなら濃尾の兵集めて反撃するだろうしな
とりあえず信忠の命令を受けてから動くしかないだろうな
ただ信長死んだのを毛利が知って秀吉軍の雑兵にも動揺が広がる中でどうなるかはわからないけど
高松城からは撤退せざるを得ないかな
武田も滅亡してるし徳川が合力する展開なら濃尾で信忠に逆らうなんて自殺行為だろw
考えれば考えるほど明智が本能寺起こしても最終的な勝ち目ってほぼゼロだよな
史実通りでも1万5000の兵力で内戦作戦で優勢な羽柴と柴田を各個撃破しなければならない
明智さんやっぱなんかキレちゃったんだろうな
>>14
信長と信忠をダブルで葬れるチャンスはこの時ぐらいしかなかっただろう。
片方葬っても効果は半減以下だからね。
>>12
本能寺後、跡目争いなどの混乱が起きたのは、全て「信忠が」死んだから
起きたこと。信忠がいれば、少なくとも当初は跡目争いは起きない。
信孝を柴田勝家が擁立する可能性はゼロではないと思うが、史実のように
露骨には出来ないし、効果も期待できない(史実以上にボロボロに裏切られ
惨めに滅びる末期しかない。) >>15
跡目争いが起きない。
秀吉が養子の秀勝を神輿にして織田当主に擁立というのは?
家康だってあれだけ武田旧臣を抱えていたし、上野領有で織田とガタが来ている 北条と組めれば、信忠とやりあえる。
秀吉が西から、家康が東から来れば終わりじゃないの? 信忠生きてるのに養子に出された秀勝担いだって誰も味方なんかしやしない
信忠がいるケースで信長の死後後継者争いが起きるケースは唯一つ、
信忠が急死するか、後継者としての資格がないと判断されるか、のいずれか。
そうでない場合、秀吉が秀勝を建てようが、柴田勝家が信孝を建てようが、
見方もなく自滅を待つのみ。
織田家の崩壊に関しては、信長が死んだことより、信忠が死んだ方が
遥かに大きな影響があった。
なんで織田家当主の信忠が生きてるのに秀吉は秀勝を擁立するんだ?
アホ?
清洲会議で三法師を擁立できたのは織田家当主の信忠が死んでたからだ
明智が信忠も同時に葬ろうとしてた感じはないよね?
最優先目標は信長
信忠が勝手に勘違いして徹底抗戦したから捕捉されただけで
そもそも明智は信忠に個人的な恨みあるわけでもなさそうだし
>後継者としての資格がないと判断されるか
曲がりなりにも信長の指名で織田家の家督継いで
対武田戦では総大将として100万石の大大名を瞬殺した信忠に資格がないなら
上杉に手こずってた柴田なんて即解任だろw
>>20
それはどうだろうね。私は同時に葬れる時を選んだと思う。
信長だけ死んでも、死後の織田家の混乱はさほど期待できないからね。
明智は間違いなく信忠も狙ったとおもう。後、信忠の性格を熟知しており、
長益の様に腰抜けで逃亡する可能性はゼロと判断したのだろう。
そのまま謀反しても滅亡は目に見えている。ならば、織田家を崩壊させ、
その混乱の中で生き残りを図ったのが、光秀の目的だろう。 このスレにはどうしても秀吉に謀反を起こさせたい奴がずっと居続けてるからな
勝ち目ほぼ無いのに仕掛ける程秀吉は馬鹿じゃないし、それに乗る程家康もうかつじゃないはず
(ついでに、私は光秀の単独犯も信じていない。徳川家康、近衛先久などの
協力者がいたのは、ほぼ間違いないと思う。この2人は確定。他はまだ特定
できないけどね。)
>>23
残念だが、家康は乗った。実際に、明智が京都に行ったのは、家康を
討つため、と言われているよ。近衛前久も二条城攻撃の際に自邸を
明智に貸して協力した段階で言い訳無用だろう。 >>25
家康が本能寺に噛んでたかは置いといて、この場合秀吉の謀反に乗っかるかって事だぞ?
奇襲でケリつけられるわけでも無い正面からの反逆には乗らんだろ >>26
すまん。失礼した。流石に秀吉が共犯は余りにも無理があるだろう。
家康と、近衛前久、あとはいるとしても公家でどの程度絡んでいたか
(それもそんなにはいない)、それぐらいだと思っている。 ID:zojyz/vc
この人の妄想だけが突出してるね
>>21
後継者というより当主失格、例えば末期の勝頼みたいな状況を言っているじゃないかな?
ただこれ中長期的な話で、少なくとも相続後しばらくは安泰だわな 無難に相続出来れば対外的には消化試合を残すのみだしな
内部での権力争いはあるだろうからそれを上手く処理して織田家による長期政権の礎を築けるかは分からんが
いくら下克上の戦国時代とはいえ、明智と信長は人間関係が出来てなかったとしか思えない。
日頃日常の処遇、接し方、態度、そういう人間臭いところが人間関係を結ぶ所で大事になってくる。怨恨説、折檻を加えたとか、真偽はともかく、普段からそれを伺わせるようなところが信長にはあったのだろう。高転びする男と思われていたわけだからな。
>>14
京や安土とかに目もくれないで四国遠征軍残党を叩いとけば潮目が変わったかもしれないけどな
光秀の誤算はナメプしてたら秀吉が速攻で帰ってきて時間的余裕がなくなったことだから >>28
家康が共犯とか言ってるし例の自称明智光秀の子孫の妄想を真に受けちゃってる人なんじゃない 史板で面白いの拾ってきたw
711日本@名無史さん2017/02/26(日) 12:22:30.40
>>708
>光秀の本能寺襲撃と二条城攻めには、温度差があるように感じる。
霊視とやらによるとこうらしい
28 :日本@名無史さん 2015/06/01(月) 06:20:52.76
武田埋蔵金と信玄の墓(ただし一部)は富士五湖のどこか。
大久保長安の埋蔵金は河内地域〜富士南麓にかけてのどこか。
信長の首は富士山麓のどこか。
信長の倅2人の首は旧武蔵地域のどこか。
→本能寺の変は信長は秀吉&クロカンが、信忠は家康&正信が糸引き人
→それぞれ実は別働隊を編成していてつなぎが利三。
→本物の光秀は殺されていて京に入ったのはニセ者。
以上前に霊感ある奴が酔っ払った勢いで吐いた霊視結果
信じるか信じないかはあなた次第 四国説を採用するなら動機があったのはむしろ利三のほうw
>>32
柴田の反撃考えると近江押さえようとするのは当然な気もするけどな
坂本もあるし
光秀軍は戦力も少ないし軍を分けて任せられるような武将も不足してたということだろうな
山崎で秀吉さえ撃破できてれば筒井は寝返ってただろうし毛利、長宗我部も反撃に加わるでしょ 四国遠征軍を叩くのが最良とは言わんが光秀の勝ち目はどっちにしろかなり低いと思う
もし信忠が生存したら自然瓦解かな?
>>37
光秀の読みは遠方は毛利以外は意外に成功している。
滝川一益は北条に、柴田勝家は上杉に、それぞれ反撃され始めた。
大阪の織田信孝の舞台が自壊するという、予想以上の結果もある。
光秀の死後ではあるが、天正壬午の乱で甲斐、信濃の旧武田領が
ボロボロになったし、その辺は読み通り。
読み違えたのは、自分の軍団で非協力者が出まくったことか?
流石に秀吉の中国返しは誰も予想できないだろうし。 佐久間みたいになる前に信長に一矢報いたかった
それ以外何もないっぽいな
家族も部下も巻き込んで私怨で動いた結果だからこそ
まさかそんな理由で謀反しないだろ?という陰謀説が出るんだろうな
>>39
佐久間を讒言したのは光秀。だから、佐久間の影響は考えにくい。
光秀がやった理由は、信長の家康討滅の密命の可能性が一番有力だと思う。
あの場で家康は非常に手を出しやすかった。信康は信長の圧力で
除いたし、あとは幼子しかおらず、家康が死んだら一気に崩壊するから、
あの場で除くのが合理的。
そして、その密命を受けた光秀が不信感をもって、家康、近衛前久と
組んで謀反を起こしたと考える。
もう一つ考えられるのが野望説。信長、信忠を両方除けば織田家が
混乱し、その混乱に乗じて一定勢力を固める、という目論見でやった。
最後に、最初と関連するが、一度追放した佐久間一族が信栄、盛政を
中心に復活してきたので、光秀の讒言の復讐をしかねないと危機感を
覚えてやったか。
他は難しいな・・・・。 というか妄想君は陰謀説をひたすら唱えるだけならスレチだから光秀版でやってほしい
>>14
光秀 痴呆症説もある
痴呆がはじまってまともな判断ができなくなってたのかも 三法師が逃げたんだから信忠も逃げ切れたかもしれんにな。
ほんとうか知らんけど、本能寺の前に酒宴があって、光秀が「これまで苦労したかいがあった」と言ったら信長が「苦労だと?お前が何の苦労をしたのだ!」と光秀の頭を欄干に打ち付けたという。
最近、伊達政宗が酒席で家臣に折檻を加えたことを詫びる手紙を雑誌の特集で見たけど、光秀すまんの一言で歴史は変わってたかも知れない。
言いにくいけど>>44のレベルでIFを考えるのは早すぎるよ
もう少し基本的な知識を身につけてからにしましょうね。 信長が家康を処分するなんて絶対にありえないというのを理解するのがスタートやね
後世秀吉も家康も信長を擁護していないのが全てだろう
主君に対する謀反は許されないが、信長自身を擁護する義理もないということだろう
>>47
信康事件での相互不信、共通主敵(武田勝頼)の滅亡に伴う「用済み」、
あの時信長が家康を処分しても何の不思議もない。
特に信康事件は信長が家康の嫡男の切腹を強要し、家康も恨みに
思っているだろうからね。
1582年6月2日に決行したかどうかは議論の余地はあるが、決行する
動機は信長側には十分にあった。 でも合理的な理屈付けが不可能じゃない?
単純な話だと思うよ。
今なら殺れるって状況にたまたまなった所で怨恨説。当時から信長が光秀を足蹴にした、とフロイス日本史にあるので怨恨説が有力。
光秀に連携して誰か動いた気配もなし。
うわあ。。。
2017年にもなって信長が信康切腹を命じたとか
何十年前からタイムスリップしてきたの??
それとも単に頭おかしいだけの人??
しょうもない新説に毒されてる馬鹿もどうかと思うけどな
>>47
それも実際のところはどうかわからないのが実情
実際武田と織田の分断工作やったと自白する旨の謙信宛
書状(東大史料編纂室蔵)が存在するし織田と徳川の関係も
通説とは違うのではないかという見直しが書簡研究中心に動き出してる
だからといって本能寺に絡んでいたかどうかまではまだ未知数だが 家康が深刻な危機感持ってなきゃ信長排除への参画は無いだろう
そしてそれほどの扱い受けてたとは思えんけどな
>>54
家康が信長排除計画に参画したとしたら、自身の抹殺計画があり、
それを事前に知った場合に限るだろうね。
これが、どう考えてもゼロとは言えない。信長にとっては家康抹殺の
チャンスだったし、武田、今川の緩衝材という家康の戦略的価値は
武田の滅亡で消滅したからな。
もっとも、100とも言えないが。 >>54
さすがに織田家筆頭家老に「あなた殺されます」
って言われたとしたら、危機感感じないお花畑はいないと思うよ。
世間的には家康誅殺の風聞が流れてたらしいしな。 光秀の事言ってるんじゃない?
いい加減スレ違いなんで他でやって
>>51
残念だが、またこの説が少しずつ有力になっているんだよ。
大賀弥四郎事件って知っているよな。武田に内通した裏切り者の話。
この大賀の後ろに、築山がいたということだ。
家康は大賀ら実行犯は極刑をもって臨んだが、あとはうやむやにした。
徳川家分裂の恐れがあったからだ。しかし、信長が決して大賀の
後ろにいた築山を許さなかった。信康は築山に連座した形だろう。
家康は信長の命で、仕方なく築山、信康、岡崎勢に厳罰を与えた。
これは、信長に対する恨みとしてかなり残ったと思われる。
最も、自分を含む大軍と多くの犠牲者を出して、うやむやにされて
たまるか、と言う信長側の言い分も、また筋は通っているけどね。
まだ読んでいないが、平山センセがこの話を補強しているようだね。 言っちゃなんだけど織田に関しての平山論はアテにならん
>>61
いや、徹底的に弾圧した方が分裂する、と言うか、反乱がおきる。
家康はそれを恐れた。しかし、肝心の武田家が長篠で崩壊し、ゾンビと
化した以上、信長は裏切り者で武田と通じていた(まだ通じているかも
しれない)築山を放置することは、感情的にも、戦略的にもあり得なかった。
また、仮に徳川家で反乱がおきても、武田家はもう介入力はないと
見られていたので、その時を見られたのだろう。
なお、信康事件では数千人が連座したと言われる。
信康の妻子も徳姫とその2人の娘は許されたが、側室の浅野昌時の娘、
日向時昌の娘、及びその間の子萬千代らは処刑されている。 >>62
数千人連座ってどの史料だよ。
当時の徳川の規模で数千人とか、徳川が大名として成り立たなくなるぞ。 というか長篠後ゾンビと化したと言ってる時点でどうなんよと
親子で家督争いして嫡男が殺されただけ。
大賀も信康派だったから見せしめとして粛正されただけ。
江戸時代に家康を神格化する為に悪いのは全部織田家のせいにされた
>>65
基本そういうことでしょうね
信康を岡崎から追放してすぐあとぐらいの家康の堀秀政宛ての書状も顛末を信長に報告してはいても助命を願うような感じではまったくないし とはいえ信長の了解無しに息子の手打ちはできないよね
少なくとも家康自身は信長を味方につけておかないと騒動を収めることはできない
>>65
大賀弥四郎事件をここまで軽く見ているとは・・・・。
大賀弥四郎がやったのは、今でいう外患誘致だぞ。
大賀が粛清されたのは、あくまで武田勝頼に国を売ろうとしたからだ。
ついでに、その売国行為に築山が絡んでいたとされるから始末に負えん。
凄い重要な事件なのにな・・・・呆れて物も言えん。 そもそも、信康派で敗れただけで鋸引きの刑なんてあり得るわけないだろ。
大賀弥四郎が問答無用の重罪人、現代で言う売国奴だったからだ。
なお、大賀みたいなことを現在やっても(外観誘致罪)問答無用で死刑。
減刑はない。大賀がいかにとんでもない重罪人であったことを理解すべし。
まして、信康派であったがゆえに家康に粛清されたなんて、曲解も良い所。
で、信康が死ななければいけなかった理由は、マキャベリズムが
欠片もなかったからだ。本来なら外患誘致した母親を逮捕し、
家康又は信長に送り付けなければならなかった。外患誘致罪の
母親を放置したマキャベリズムの欠如こそが、信康が戦国武将と
して失格の烙印を押され、死ななければならなかった理由だ。
そもそもが旧今川派(駿遠)と松平派(岡崎)の権力争いだろ
なんで織田が云々言って出しゃばるんだよ
会社吸収合併して、取締役など重役に吸収先の社員を引き立てたりすると稀にある
韓国人みたいに古巣の奴を贔屓したりすんだよ、仲間意識で
>>72
そりゃ、岡崎であった外患誘致行為のおかげで、武田の大軍に
家康が襲われ、信長が大軍を動員し、長篠で武田家を事実上崩壊
せしめたとは言え多くの犠牲者と出費があった。
で、外患誘致の黒幕である築山を信長の、いや織田家のメンツに
かけて放置できると思うか?
だとしたら、今の日本国並みの基地外級のお人好しだ。
そんなお人好しで世界は構成されているわけではない。 単純に分裂させたくないから、家康が信康を処断した以上の意味はないと思う
最近上がってきてる信長像って、普通に中小企業にいる気の良い上役みたいな感じなので、とてもじゃないけど国力差を背景に恫喝するイメージないんだよね
信長が世間で言われてるように狡猾なら、戦後を考えれば徳川の地盤は緩いほどいいわけだから、信康の処断は認めないと思うんだけど
>>73
元々、信長はお人好しだよ
甘すぎるくらいに とりあえず ID:r1qoT6+eは「信康事件では数千人が連座した」の
ソースを早く明示しろよ どうせ脳内にしかないんだろ
長篠前ならわかるが長篠後に信康が武田と内通する理由がないんだよな
>>77
長篠前の内通を問われた可能性もある。
ついでに、私は信康が主犯だと思っていない。
あくまで主犯は性悪淫乱女の築山であって、信康は築山に連座しただけ。
築山がしつこく武田と内通し続けたから、信康も連座する羽目になった。 長篠前の内通ってw
信康は長篠でも戦ってるし疑うのは無理がありすぎw
>>79
だから、信康はやっていない。やったのは築山。
信康は、監督責任を問われたのと、マキャベリズムの欠如を非難された
ため、死ななければならなかっただけ。 もうわかったから
とりあえずここは織田信忠のIFスレなんで
マキャベリズムがどうの外患誘致がどうのくだらない電波は他所で垂れ流してくれ
>>77
内通でいうならむしろ家康の方が怪しくて信康や築山になすりつけて
処断したのではないか?という推測話ならこの板や史板で時々見かけるな
根拠は娘振姫の生年(天正8年)からで振りの母お竹の方は武田縁の人 >>80
築山にそんな力あるのか?
背後の今川は既に滅亡しているし、父親も氏真にかなり前に殺されている。築山本人にそんな政治力があったとは思えないんだが。 >>86
荒木村重は一度であれだけ厳しかったが。松永久秀と柴田勝家だけ例外で。 >>87
村重にもしつこいくらい降伏勧告してたぞ
それを全部拒否し続けたからああなった 松姫が男子産んで三法師が謎の急死
織田本家は武田の血筋が継いで行く
浅井による豊臣家乗っ取りみたいになってきた
>>72
旧今川派と岡崎派って石川や平岩等を除いた主だったものは浜松にいたわけだが
今川旧臣にそこまでの影響力は無いでしょ 駿河はまだ武田領だし遠州衆は旧今川家でも格下 >>83
家康が主犯だが当時の状況では殺すわけにはいかないから信康が身代わりにってのはなんかで見たな 三法師って単なる庶子にすぎないんだから
松姫でもなんでも正室が信忠の男子を産んだらそっちが嫡男になるでしょ
無理矢理急死させなくてもええやん。。。
>>89
村重本人は殺されたかもしれんが一族郎党虐殺は間違いなく回避できただろう
本人だって早めにごめんなさいしてれば多分助かった >>95
敵とはいえ岩村城みたいな例もあるからな 村重キルなら城兵もどうなるか 村重のクズっぷりからすると部下が助かっても自分が死んだら意味がないw
>>96
岩村城は特殊。叔母が裏切って信長から苦労してもらった養子を武田に
引き渡し、秋山信友と勝手に結婚するから、信長の激怒を買った。
やっぱ家康と光秀はグルだね。家康の河尻秀隆に対する対尾が余りにも
早すぎる。野望目的では説明できない。家康は早急に河尻秀隆を除かねば
ならない緊急性にかられたとしか思えない。
これが、家康と光秀がグルならすべて説明がつく。家康は留守中(光秀
合流中)、河尻秀隆に襲われる危険性を予見し、やったのだ。 まあ仮にそれが正しいとしてだ
信忠生存の場合家康はどう動いたんだ?
それも含めた本能寺後の展開を妄想するスレなんだからそこを語らなきゃスレチ
>>99
もう明智とともに心中するしかなかっただろう。信忠が生きていれば、ましてね。
だからこそ、光秀も家康も信長、信忠を共に除けるよう、万全の対策をした。 もうちょっと具体的に
史実通り伊賀越えでの領地帰還を果たしたとしてどう動く?
もしくはその動きすら変わる?
信忠が逃げても柴田、羽柴、滝川、丹羽辺りが変の直後に置かれる状況は
あまり変わらないよね。
なので羽柴勢の姫路帰還、四国遠征軍の離散は史実通り。
柴田勢は信忠からの指示次第だけど畿内到着が早くなるかも。
滝川の運命は信忠から北条への連絡とそれに対する北条の反応次第?
信忠の逃げる先を自領のある濃尾だと仮定すると最初は安土城。ここで日野への撤退前の蒲生と合流。
明智勢の安土城到着が史実より遅くなるとは考えにくいので信忠到着から二日後には到着。
その頃に信忠が安土を撤退して岐阜にいるのか、安土で迎え撃つかは...
ただ、勝手ながらこう想定すると山崎までの流れは史実と変わらないんじゃないか?
まあ編直後は変わらないが、清須会議以降が変わるね
毛利は羽柴が降す訳だけど、和睦で取り潰しって事にはならない訳だから、恩賞はどうなるか
旧明智領全てってわけにはいかないし、どうなるかだね
>>102
四国遠征軍が信忠が生きていて離散するか? あの遠征軍は伊勢、近江主体の軍兵だぞ。信忠が生きていたら織田政権も存続だから離散するとは考えにくい。
北条がどれだけ正確な情報を得ているか、にもよるけど、信忠が生きていて滝川に喧嘩しかけるとは考えにくい。仮に北条が仕掛けても、滝川に敗れる可能性もある。
史実では実際一度敗れており、北条は兵力差に物言わせただけ。信忠が生きていて逃亡したら滝川は敵前逃亡になるから死ぬ気でやる可能性がある。
信忠が安土に逃げたら終わり。安土に2000。日野の蒲生が1500。他に小大名、国人だが小川、朽木、多賀、阿閉らがいる。これら全部合わせたら5000にはなる。
明智は1万3000。信忠が生きているからそれ以上の増加は考えにくい。
摂津にいる織田軍と京都の守りを考えて最低3000は割かないといけない。信忠が生きているから逃亡兵が出る可能性もあり、1万弱で5000がいる近江を2日で落とすなんて絶対無理。
日数がたてば美濃、尾張、伊勢から次々と後詰が来る可能性が高く、信忠軍は2万以上になって明智はおしまい。 >>104
光秀も詰みだが家康も詰みっぽいな。
家康は史実では目的を明確にしないまま尾張→美濃を通過し、近江に
入ってから光秀方と明確にするつもりだった。これは一日も早く光秀を
助けるためだ。(現実には尾張で光秀の敗北を知り、目的を失い
正体不明の軍のまま引き上げた。)
しかし、この手段が使えない。意味不明な大軍が通過、が尾張→美濃の
間で見破られ、そこから突破しづらくなる。また、河尻秀隆相手にやった
工作が問われる危険性も極めて高い。家康も征伐されて終わりっぽいな。 信長居ないなら離散するんじゃね。そうじゃないと丹羽長秀が一気に無能になってしまうし
信忠が健在なら離散してもまた集まってくる可能性が高いしな
本能寺では信長ばかりが目立つが
信忠を一緒に殺せたのが運が良かったよ
いろいろ黒幕説あるけど信忠も殺すことまでは計算できない
むしろ信長が生き残ったとしても信忠が死んでしまったら誰が信長の後を継ぐのかで後々また揉めそう
信長がどれくらい生きるかにもよるだろうけどこの場合もやっぱり三法師が跡取りになるのかね?
>>110
まあ信長自身が信忠以外を後継者になれない処遇にしてたから三法師を後継者教育する以外に選択肢はないと思う >>69
政治闘争で敗れて族滅なんて珍しくないんだが >>103
毛利から割譲の三ヵ国を秀吉・摂津勢に対する恩賞の原資にするんでは?
明智領、信長直轄領がどう撒かれるかは分からんが。
>>104
四国遠征軍は信長親子の生死不明だった翌日には離散していたはずだから離散すると思う。
史実で明智勢が安土にどれだけの数で来たか分からないけど、蒲生が防衛せずに撤退した程度は
来た模様。これは増やすことはあっても減らすことはないはず。
軍の動員に必要な時間は信忠がいても大幅には短縮できないので山崎までの間に信忠が出来ることは
安土か日野での籠城か美濃への撤退ぐらい。
積極的に動くことも、羽柴勢の動きを止めることもできないし、しないはずなので、
山崎までは大きく変わらないと思う。
明智勢が近江に張り付く数を増やして羽柴勢が楽に戦えるかもしれんが。 信忠が生きてたら松姫と会えたんだよね?!
史実がどこまで本当か分からないけど出会って欲しかったなと個人的に思う
>>113
死体がみつからないゆえの生死不明と逃げて生存宣言した状態とでは全然違うと思うが
信忠なら近江の留守居部隊かき集めるくらいはするのじゃない 史実ではそういうことする旗頭がいなかったから保身や逃亡に走っただけで 上記はもちろん信忠が安土へ逃げた場合ね
最悪のケースは西に逃げて合流するはずの四国遠征軍がすでに離散していた場合
明智は当然速攻で襲うだろうから信忠・信孝・長秀の首を獲れば畿内が明智に傾く可能性もある
ただし離散する前に信忠が到着する可能性は高いと思う じゃなければ逃げ切れない
問題は信忠がいても離散する可能性があることだが 信長が偉大過ぎて死の影響が極大だったりしたら
生存宣言できた時の影響力はあると思うけど、信頼できる相手が誰だか分からないので
そういったことができるのは安土まで逃げてからじゃないかな。
安土の蒲生も信頼できず岐阜まで逃げる可能性もあると思う。
仮に近い安土でも活動できるのは早くても三日になってから、史実でも五日には明智勢が来ているので
書状を出すことはできても招集は間に合わないように思う。
逆に言うと前スレで出ていた「生きていると明智討伐が遅れる」もないと思うな。
逃げ先に四国遠征軍との合流は考えないと思う。確か信孝も丹羽長秀も留守中なんで。
予定を把握していなくて留守を知らずに行く可能性は分からんが。
仮に西に逃げて四国軍が離散してたら池田さんとこ行くんじゃないか?
明智が他所にも派兵しながら瞬殺するのは難しい戦力だし、中川高山らと連携すれば十分持久出来る
そこから各地へ自身の無事伝えて明智追討の命出せば四方からつつかれて明智終了になる気がするが
信忠が安土に入ったと激飛ばせば美濃も史実みたいに混乱せずに
すぐにいざ鎌倉へって感じでここぞとばかりに恩を売るために安土に殺到しただろうな
山崎の戦いまでは史実通りってことはないんじゃないかな?
信忠の生存が確認されれば史実では光秀方についた武将も減るだろうし、光秀が近江平定を簡単にすすめられない状況になる可能性が大きい。
京と自領を守ることだけで手一杯になってしまうと思う。
安土まで逃げ切ってしまえば信忠自身による光秀鎮圧は13日までかからないだろう。
>>116
西に逃げるって、途上にある勝竜寺城はどうやって通過するんだ? さらに茨木も高槻もあるし、中川も高山も明智の影響力が強いのに何で西に向かうんだ? 変前の勝龍寺城って村井が管理してたのじゃないの
道中の心配をしてたら安土行きも危険度はそう変わらんと思う 坂本城の兵が出てきてる可能性もあったし
何故かって直近のまとまった兵力だからでしょ しかも主将は弟と尾張以来の家老
ぶっちゃけ光秀が発作的にあるいは誰にも相談せずに決行したなら一目散に逃げ出せば道中を塞いでる敵はいなかったと思う
歴史を知ってる結果論だから言えるわけで普通に考えたら史実みたいに諦めるのだけど
>>113
山崎まで変わらない。
はあ? 信忠逃がした時点で山崎合戦なんてあり得んだろ。信忠追跡して摂津に侵攻するにしても、山崎で戦うことはもうない。この場合、秀吉が戻ってきたら迎え撃つなら伊丹しかないわ。 >>123
琵琶湖の北にある坂本城兵がどうやって出てくるんだよ。京都と近江を繋ぐ瀬田の唐橋は瀬田城主の山岡景隆が管轄しているし、山岡は栗田郡や志賀郡に勢力を持つ江南の旗頭だよ。史実でも山岡に妨害されてるのに、坂本城兵に瀬田橋を抑えるなんて無理だろ。
京都と安土まで当時存在した城は、瀬田を除けば永原だけ。だが永原実治はたかが1000石の領主だから問題にならない。観音寺、青池、長光寺などは既に廃城にされていたから、どう考えても東に逃げたほうが危険も少ないし、残った兵力かき集めた方が楽だろうが。 明智軍は西から来ているから、東に逃げた方がリスクは少ないと判断すると思う
>>126
坂本城が変を知っていればあらかじめ兵を南下させれば唐橋の手前で捕捉できないか?
琵琶湖の北ってそりゃ唐橋よりは北だが琵琶湖全体で見ればむしろ南端だし >>114
松姫に使者を送って(伝承多数)彼女も信忠の元へ行こうとしていた
(日野本陣文書)、またはすでに尾張まで行ってた(下嶋家家譜だが
下嶋の動向なので彼女はさらに先に行ってた可能性あり)だから生きていれば
普通に会えただろうな
別考察として池田輝政と大久保長安が後年ツーツーで(当代記他大久保長安事件では
伊達は無罪でも池田は無罪とはされていない)池田恒興と親交深かった坊さんと
快川が妙心寺時代からの入魂の仲、恒興と小宮山による武田勝親保護話などもあれば
信房の側室は恒興の娘など池田と武田は絡むんで両者は会っていたんじゃねーかという
話が有力視されだしているとかいないとか
あまり書くとヒス起こす変なのがわくからとりあえずここまで は?信忠と松姫がこっそり会ってたって意味?しかもこの流れで言うの?
有楽も逃げ切ってるし、坂本城からの封鎖はなかったんじゃないかね
信忠が変事を知った途端に東に逃げればその日には安土に入れたと思うね信忠が安土に入れば混乱も少ないだろうし濃尾の兵も後詰めに駆け付けるだろうから光秀が近江侵攻はできないと思う。
>>132
そもそも坂本に城兵がいたのかも怪しい。明智は13000を動員しているし、本来は備中にいる羽柴の援軍だから、坂本城兵はほとんど狩り出されて戦闘能力なんてなかっただろう。 本能寺が起きなければ1583年には全国統一してたんだろうな
>>132
二日のうちに安土に入っても電話のない時代、実際に各所への招集指示が届くのは三日になると思う。
どこかへの出陣予定がある軍じゃなければ三日のうちに出発は困難。
明智勢は五日には安土に来ているし、信忠を取り逃しで前倒しにはなっても後ろ倒しは考えにくい。
招集した軍勢のうち早めに来た軍と明智勢が来るのは同時じゃないかな?
明智勢の規模が分からんが二千はいたとされる安土城の蒲生が防衛を諦めた程度には大軍が来た模様。
と考えて信忠がまとまった軍勢を掌握するには少し時間を要すると思う。 >>135
蒲生が安土の防衛を諦めたのは離散する者が多かったからでしょ。信忠が安土に入れば混乱は少ないだろし、指揮系統がはっきりするから防備は固められる。旗本はそれなりの数いるはずだから後詰めがくるまで持ちこたえられないということはない。
そういう状況になると光秀が兵を進めてくるのを躊躇するかもしれない(京の守りがおろそかになるのと背後を信孝らにつかれる可能性があるため)
史実のように光秀が近江をおさえるのはむずかしいと思う ていうか安土城は規模的に2000なんかで守れる城じゃないしな
戦略的な意味合いも大してない
とりあえず軍勢立て直すなら岐阜城に戻ったほうがいい
濃尾+徳川軍でもう一度近江に押し出すほうが理にかなってる
もし安土で来るかわからないような後詰当てにして負けたら目も当てられない
軍勢を建て直れる場所まで逃げ切れたら明智は勝手に崩壊しそうだから徳川と一緒に押し戻す必要もないと思う
とりあえず織田で統一
政権の行く末は信忠の能力と信忠の子供次第という感じ
>>135
どこかへの出陣予定。
近江、美濃衆は毛利攻めのため中国にいく予定だろ。信長、信忠が中国に行くのに直属が従軍しないとかあり得ない。
明智は5日には安土に来ている。史実で信長、信忠をぶっ殺して3日もかかってるのに、信忠取り逃がして3日で来れるとか正気かよ? そもそも取り逃がしたら、明智兵の中に逃亡者も出かねない。
3日かかってるのを考えるなら、その3日で近江衆は動員できるわ。 平時じゃない緊急の召集、募兵なわけじゃん。
信忠の名でどれほど兵力集めれるのか正直わかんないんだよね。仮にそれなりの兵力がすぐに集まったとしても明智とは決戦出来ずに防衛になるんじゃないかな。
防衛し続けられれば秀吉と合流出来るから信忠の勝利は揺るがないと思うけど
信忠が生きていれば
織田家中は信忠の元に集まり
秀吉が三法師を担ぎ上げて柴田勝家と戦をすることもなかっただろうし
天下を獲ることも夢のまた夢
>>140
信忠は美濃と尾張の二カ国を支配する大大名で、天下人信長の嫡男。しかも家督を継承していて公的文書に多数署名している身だぞ。それで集まらないとか何言ってるんだ?
むしろ光秀の求心力こそ大問題だろ。史実で信長、信忠をぶっ殺したのに、細川や筒井には背かれ、近江では山岡に邪魔されてる。こんな程度の求心力しかない光秀が信忠存命でどうやって自軍を維持するんだよ? >>132-133
あくまで考えられる可能性の話だからね
光秀の動員兵力やほぼ全軍を京に回したとか信忠にはわからなかっただろうし
実際史実では逃げて捕まって生き恥を晒すよりはってことで二条城で玉砕したのが巷説だし
>>137
そもそも安土城が堅城って評価もあまり聞かないよね
ただやはり織田政権の本拠地 死守する意味はあると思うけどな
>>139
史実では政治的な意味でちんたらやってたけど信忠を取り逃がしたら当然速攻で追うだろうから出兵自体は早くなってもおかしくはない
でも山岡が史実以上に頑張るだろうし合力もあるかもしれんしどうなるかはわからんね
そもそも信忠生存なら近江の残存勢力を結集してでも瀬田で防衛するだろうし安土まで来られたらアウトじゃね 昨日のNHKBSで明智は近江じゃなく摂津をまず押さえるべきだったと出演者が力説してたけど
近江を放置したらそれはそれで柴田と徳川がそのまま近江に乱入してくるよな
>>143
>>132-133
>あくまで考えられる可能性の話だからね
>光秀の動員兵力やほぼ全軍を京に回したとか信忠にはわからなかっただろうし
>実際史実では逃げて捕まって生き恥を晒すよりはってことで二条城で玉砕したのが巷説だし
それはわかってる
それでも信忠がすぐに逃げる判断をしたって前提がこのスレ
その前提で逃げ切れるだろうって言ってる。 >>144
摂津押さえるって、どうやって押さえるんだよ。伊丹に池田、高槻に高山、茨木に中川、大坂に信孝と長秀、ついでに和泉に蜂屋がいるんだぞ。四国遠征軍は瓦解してても5000はいた。これに池田たち合わせたら1万5000にはなるぞ。これを数日で平定なんて無理だろ。
仮に平定しても、短期で無理してるからすぐに新たな動員兵力に加算できるわけがない。それで秀吉が戻ってきたらどうする気だ? そもそも光秀が近江平定した、ってどこの史料だ? Wikipediaか?
光秀がやったのは安土城を占領して金品盗んだだけ。長浜や大溝、佐和山とかの留守城を占領しただけ。
山岡、蒲生、青池ら在地の有力者にはみんな背かれてる。だから占領した安土城に明智秀満という貴重な戦力を残して山崎合戦せざるを得なくなり、近江平定どころか近江で兵力分散しただけ。
本願寺を取り込んで一向宗に放棄させるとか磯田が言ってたなw
あと摂津に侵攻すれば中川、高山は味方になるって雰囲気で話が進んでた
なんしか光秀の誤算は秀吉の大返しが早すぎたみたいな構成
実際は15000の兵力じゃ史実が限界なんだろうな
もう半年早ければ武田が美濃に侵攻し上杉も越中で反撃に出るから
東の圧力はだいぶ減っただろうけど
そうなると光秀に与する武将も増えたかもしれない
毛利も秀吉を釘付けにするだろうしな
長宗我部もあてにできるだろうし
まぁ1582年6月はそういう周辺諸国の反撃能力がほぼ潰えた状況だからこそ
本能寺という信長の好きを生んだわけだけど
>>145
逃げ切れるのは否定してないし俺もそう思う
西行きは勝龍寺城が〜(そもそも光秀のものですらない)って言う人がいるから東は坂本城があるってだけで >>148
一向宗が蜂起ってエ?
磯田という奴そんなことマジで言ってるの?
だいたい一向宗に蜂起させたら、キリシタンの高山が明智に与するわけねーだろうが。 >>150
勝竜寺以外に淀古城、高槻、茨木があるんだがな。 >>149
武田滅亡前なら秀吉や柴田は奥深くまで侵攻してないかもしれないから帰還の距離的には近くなるけどな
当然信忠の濃尾軍や滝川軍もまるまる残ってるわけだし
>>152
なんでもかんでも疑い出したら山岡が裏切ったら安土行きは終わるのだが(金ヶ崎の朽木ポジション)
史実がとか言い出したら中川や高山も光秀についてないし >>153
まぁそうなんだけど信長と信忠が同時に死ぬという非常事態だと
濃尾は領主の信忠失って混乱するだろうし、滝川辺りもご自慢の茶器持って本能寺で一緒に死んでるかもしれないw >>148
中川は状況次第。中川は裏切り常習犯で倫理はゼロで利のみで動く
男だからな。高山はきついだろう。池田はもっと絶望的だが。
本願寺も簡単ではないと思う。光秀に正当性がないことぐらい、情報力の
ある本願寺が気付かぬはずがない。
光秀のできたことは、ひたすら家康の援軍が近江に来るまで耐えること。
家康が近江に入って三法師を血祭りに上げ、自分が殺される予定だった
から光秀と組んだ、信長は既に功臣の始末に入っていた、それが裏切った
理由だ、と家康に言ってもらえば、光秀はもしかしたら有利になるかもしれない。 家康の発言、特に信長に騙され家臣ともども皆殺しになるところだった、
と言えば、信長のカリスマは完全に崩壊する可能性がある。
そこをつけば、光秀側は一発逆転になり、秀吉、勝家などが崩壊する
可能性もある。
信長が功臣の始末に入ってたってどこの情報だよそれ。
佐久間信盛のこと言ってるのか? 信盛は追放じゃなくて功績立てろと折檻状に書かれて発破かけられてるだろ。
しかも追放後も気にかけ、息子の復帰は許してる。
こんな甘い殿様そういないぞ。
あの時点で家康を殺して駿遠三に侵攻はないでしょ 甲信上の統治途上なのに
家康を殺す正当な理由がないと今後誰も降らない、降ろうにも疑心暗鬼になって上洛に躊躇するよ
信長が精神的に病んでた、東北・九州含めて全征伐路線だったってなら別だが
東北でも伊達や蘆名、南部は既に織田に通じていたのにそんな馬鹿な話はない。
九州でも大友と島津は恭順予定だった。
長曾我部・上杉・毛利だけが残ってた。
あと竜造寺と東北諸大名、関東北部諸大名な。
信忠生き残った場合に北条と徳川がどう動くかだよな
徳川としてはここで甲信狙わないと永遠に織田の下僕
北条も上野を滝川から奪うチャンス
>>160
甲信上にいるのは信忠直属の老臣たちだよ。それに手を出したら信忠と和睦はかなり難しくなる。
つまり折角織田から認められてる地位を捨てて一か八かの反乱することだけど。 北条は甲州征伐で信長に侮辱されてるから間違いなく動くと思うけどな
問題は史実では徳川が河尻秀隆を支援する口実で甲斐に侵攻したけど
信忠が生きてた場合明智を倒すために信忠から合力を求められる可能性が高い
そうなると甲信どころじゃないので北条が上野から甲信まで押さえてしまう可能性が出てくる
こうなると歴史はだいぶ変わるだろうな
上杉も対織田で戦闘中だから北条と和睦するだろうし
>>162
織田の内乱に他家の介入を招くことは無いと思うけどな
あるとしたら甲信が乱れた場合の援軍要請くらい >>162
武蔵一国の領国化に30年もかかった北条に、上野から甲斐、信濃まで3ヶ国も短期間で支配下に置いて領国化なんて絶対無理だ。ゲームじゃあるまいし。
上杉は揚北の新発田や五十公野の反乱すら鎮圧できないまでに弱体化していて、戦力に数えることはできません。史実でも本能寺の余波でとれたのは北信4郡だけという体たらく。 上杉は北条と和睦するくらいなら織田との和睦を模索しそうだが
史実でも織田後継の秀吉に従ってるし
もはや敵対勢力も意地でも戦うと言える状況じゃないでしょ 信長が消えて許されるなら臣従しそう
あの武田ですら末期は和睦を模索してたし上杉・毛利は豊臣に臣従 長曾我部も条件次第
これまでの議論を見る限り信長死亡の混乱に乗じて信忠に反旗を翻すような奴は
恐らく出て来ないだろうというのが結論ってことでいいような気がする
そうなると信忠体制に移行した後の織田政権がどうなるかというのが焦点になってくるのかな
ここまでざっと見たけど織田武神伝を越えるような説得力の有るシミュレートは皆無だな
20年前の仮想戦記以下とか情けないなお前ら
信長死のどさくさに紛れて なにかしそうなのは北条かな?
信忠による小田原征伐はありそう
その後の家康の関東移封とかもあるかも
>>168
仮に信忠が臣従容認路線で行くとしても一つくらいは信忠政権による大勢力を征伐した実績が欲しいところ >>16
ならお前のシミュレートを言えよ。
文句言うだけなら誰にでもできるわ。 家康は川尻をほぼ謀殺してるからなあ
秀吉が死ぬやいなや色々工作しだした家康が何もしないとは思えない
>>172
たしかにそれはあるけど信忠が生きてるとなると甲信に進出したかどうか
家康は自分勝ち目がないとわかってると律儀者を装うからな >>165
こいつは天正壬午の乱で北条と上杉が和睦したのも知らないのかw 家康は長生きだからなあ。
信忠が50歳あるいはそれより少し前に死去しても、まだ家康はピンピンしている。信忠の後継者に同程度の器があるなら問題ないが、器ないなら織田は信忠死後に家康に乗っ取られる恐れがないか?
徳川というか他の大名が政権中枢に入る事は無さそうだからノーチャンだろう
信忠の側近が全滅なら軍団長も政権運営には関われる可能性はあるけど家康は難しい
どんなに上手くいっても史実の前田の立ち位置が限界だと思う
秀信が継ぐとしても次期将軍として立派に育てられれば
史実の秀信とは別人格になるし能力も高いことだろう
松姫を正室に迎えるなら三法師ではなく松姫の子が嫡男になる可能性もある
橋本純先生の小説ってどうなったの?
確か光秀征伐の途中で信忠公が馬に蹴られて惚けてしまったところで終わってたけど。
>>180
秀信が暫定的にでも嫡男扱いされてたかだな
少なくとも秀信>秀則ではあっただろうし
もちろん信忠生存なら元服名は変わる >>182
秀信→秀則は共に庶子だから年長の方を、ということじゃない。 松姫に息子が生まれたなら信忠に美濃衆を付けたように
武田の旧臣を付けて取り込みを図るんだろうか
正室もらうなら信長の構想通り摂関家からだろ
松姫なんて過去の遺物がどこから沸いて来るんだか。。。
考えようによっては実家が滅亡した名家の女ってのは都合がわるいこともない
外戚として権力握られても困るし
もはや織田は政略結婚で協力者を得るとか必要ない段階
まあ正室とするかは別だし子ができても武田家再興に使う可能性もある
正室にするかどうかはともかく信忠が松姫を迎えようとしてたのは史実なんだっけ?
甲信鎮撫のためには保護しとくが吉
男子ならともかく女子なら信長も殺せとは言わないだろうし
>>187
本能寺の時、信忠に呼ばれて熱田まで来ていた、じゃなかったかな?
最初の子を嫡男、次男を武田の子として甲斐守護、ってのは東国支配的には有効策だと思うね。 >>191
信忠と松の子が生まれたら穴山なんかどうとでもすればいい
史実では穴山の子は早世してるからそれなら養子にねじ込んでもいいし >>190
家康も息子の信吉でやっていたしな
早世してだめになったけど >>190
そうなると信房の扱いはどうなるんだろう
信忠の補佐役なのか
甥のほうに付けて指南役的な感じになるのか >>194
勝長から信房に名乗りを変えたと言われているし、尾張の犬山城貰っているとこを見ると
武田縁者扱いする気はなかったんでは? 本能寺の秀吉黒幕説をいうアホがいるけど
信忠が生きていたら三法師という持ち駒がないわけで
どうやっても秀吉の天下統一なんか無理
やりそこねた場合はもちろん発覚した時のリスクも高すぎるしな
それに秀吉黒幕なら山崎の前後で光秀や側近がそれを暴露してそうなもんだし
しかし考えれば考えるほど何で光秀があんなことしでかしたのか分からなくなってくる
せめて謀反の大義名分くらいは用意しとけよ
>>198
山崎が起こるまでの光秀の求心力の無さを見てみろ。事前にそんなことしたら信長に密告されて誅殺されるだけだ。 >>190
>>129氏がそこらについて少し書いてくれている
>>194
与力で側室も池田の娘だからしばらくは信忠補佐になると思われ
嫁(勝良生母)が武田の血を引いていた娘で本人も武田とは縁あって
武田旧領に近く鉄斎がいた犬山配置たから能力次第ではゆくゆくは甥の
後見あたりになったかもしれない、190氏考察路線準拠だと >>199
嘘やハッタリやでっち上げでもいいからこれこれこういう理由があったために
やむなく主君を討たざるを得ませんでしたと世間に向けて公表することくらいは出来なかったのか
公表したけど握り潰されたか公表する前に倒されてしまったのかも知れないが 嘘でもハッタリでもタブーである主君殺しは容認されんでしょ
遅かれ早かれ織田家の生き残りに討ち取られておしまい
>>181
信忠公脱出物では一番リアリティあったよな。
蒲生を先鋒にして光秀軍を瀬田で跳ね返すタイプの話は厨臭い。 お市の方が清洲会議に乱入して秀吉から主導権を奪い
ラストで秀吉が「あのクソアマ絶対に許さんぞ」と絶叫する小説のどこにリアリティがw
>>201
それしてるぞ。
軍記だから信用低いが、京都の市民に税を免除した際に、光秀は信長が紂王だったから武王である自分が討ったとか抜かしたらしい。
市民は表向き賞賛しながら内心で光秀を軽蔑したとか。そんな程度の求心力しかない光秀には無理だ。 あの当時の秀吉なら信忠なんか一捻りだろ。
なんやかんや言い掛かり付けられて食い殺されるだけ。
また香ばしいのが湧いてきたな
ただ
信忠ならあの当時の秀吉なんか一捻りだろ。
なんやかんや言い掛かり付けられて食い殺されるだけ。
こうすると普通の文章になる
信忠生きていて秀吉にどれだけ味方があるか、にもよる。
あと長浜にいる正室と母親その他の一族は完全に信忠の人質にされるからね。
>>210
いや立場はある。一応方面軍団長だし、光秀もそれで実力行使したからな。
ただし成功するか失敗するかは全く別だが。 家臣の粛清に入らなければ秀吉は謀反せんだろ。
天下とったあとも秀吉は織田家の人達にはわりと気をつかって優遇しているし、
秀吉が織田家の実権を握る事になっても、信忠はそのまま君主として安泰だよ。
>>202
戦国時代でっせ下剋上は普通。
織田家だって将軍家の家臣の斯波家の家臣の織田家の家臣の織田弾正忠家の家柄。 秀吉が長浜の親族を見殺しにしてまで謀反を起こすとかありえんと思う。
秀長も納得しないだろうし。
秀吉が根回しなく突如謀反したら、明智のように与力のほとんどは味方しないだろうし
事前に与力衆に根回ししたら、おそらくかなりの確率で事が露見するだろう。
宇喜多秀家なんかも本能寺の時点ではまだ秀吉の猶子にはなってないんじゃないかね。
忠家も秀吉に同調なんかせんだろう。
信忠に協力して秀吉を討って恩賞として播磨の一部をもらった方が得だと判断しそうだ。
>>211
言い掛かりをつけても周りは
( ゚д゚)みたいな反応だろ
耄碌したと思われて隠居させられるか切腹を命じられるかの二択だろ >>212
その下剋上だって主家である斯波家のためという大義名分があるわけだからな
明智の謀反はそうした形ばかりの口実すら無い
>>206みたいに信長は紂王で自分は武王とか抽象的なこと言われても困るだろう 下克上が当たり前といったってそれなりの下地はないと成功しないからなあ
主君と家臣の力量が逆転してるとか主君が家臣の支持を失ってるとか
そもそも信長の統治ってそんなに過酷だったの? そんな人物に民衆に慕われた(祭りを一緒に楽しんだり、貧窮者に恵んだり、家臣の妻に心配りほか多数)逸話があるのは信じられない。
>>215
大義名分はあとからでもとれるからね。
速攻で朝廷が護摩刷ってきたでしょ?義昭だって支持した。 >>200
他スレにあった勝良の生母は勝頼長女かも?話はおもしろかった
その長女生母は龍勝院殿(信長養女)かも?話もおもしろかった
なんにしても於松が信忠の嫁におさまったら旧武田勢が否応なしに入ってくるから
信房はその緩衝剤になってただろうし信忠周りも変わっていったかもね >>218
義昭が支持したって実際に何の戦力になるんだよ。朝廷が信長に将軍提示していたくらいだし、もう義昭は将軍とは実際には見なされて無かったんでしょ。
朝廷はゴマすった。光秀とのパイプを吉田兼見にしている時点で、半ば見捨てていたとしか思えない。 >>220
室町時代の将軍が都落ちすることはよくあったし、そこから復帰することもよくあったので、
普通に将軍とはみなされているよ。
西国では影響力はそれなりにあり、義昭に討伐令を出された大友は九州の国人にそっぽ向かれ、
島津や竜造寺にフルボッコにされた。 目と鼻の先で主君夜討ちした謀反人が京制圧してるわけだから朝廷としてはゴマすりもするわな
ごますりとかそういうレベルの話でなくて
京都周辺で最強の武力を持つ勢力に対し
「京都と朝廷の守護をおろそかにしないように」と使者を送って念押しするのは
源平の昔からありふれたことなんだけどね
>>221
>>220
>西国では影響力はそれなりにあり、義昭に討伐令を出された大友は九州の国人にそっぽ向かれ、 島津や竜造寺にフルボッコにされた
でも本能寺の時点では信長の要請を優先してるよな? さっきのレスの220はミス
権威がほとんどない将軍と半強制である朝廷の事後支持で史実の求心力だから当時の価値観でも大義名分が弱すぎた
その上信忠が生き残ったら目も当てられない
当時の帝と信長の仲を考えると朝廷黒幕説はないしね
信忠が正室をもらってない所をみると松姫云々より皇室から嫁ぐ話があったのかな
当時の朝廷は金欲しさに官位売ったり戦国大名とズブズブの関係だしな
信長が畿内制圧してからは信長とズブズブ
信長というパトロンが死んで一番困るのが朝廷
ちょっと気になるんだが光秀は信長が本能寺に逗留してるという情報は得ていても
信忠も一緒に京にいるってことは知らなかったってことでいいの?
それとも知ってたけど何か理由があって信忠対策が後手に回ったのかどっちだろ
>>228
おそらく京屋敷からの連絡で信忠の在京は確認してたはず
だからこそ謀反に踏み切ったと思われる。
同時攻撃を予定してたんだか何らかの理由で遅れたんだろう
と谷口克広は書いてた つうか脱出しようと思えば脱出できたんだよね
なんで応戦しちゃったのか・・・
信長 気付いたら完全に包囲されてた
信忠 妙覚寺から二条御所に移動する余裕
逃げる気あれば余裕だったよ信忠は
脱出できたなんていうのは後知恵だろ
さらに言うと逃げる途中で討ち取られるのがどれほど無様で後世に恥を残すか
当時の誇り高い武士階級の人間の考えは、現代の一般人に理解は出来ないよ。
信忠は可能なら信長救出も視野に入れないといけないしな
大分情報も錯綜してただろうから速攻で逃げに走れってのも難しくはある
まあ思い切りのいい信長なら第一報で即逃げしてたかもしれんけど
信長は己で織田を大勢力にした
創業者だから自分が逃げる判断できるけど
信忠は2代目の実質、次期天下人だし
背負ってる立場が違うしね
立場を言い出したら織田家当主としては逃げるべきだった
もし明智が偽情報掴まされたとかで信忠を包囲して
信長が脱出可能なら信長は何の躊躇もなく逃げてるなw
信忠って家康の接待で大阪行ってて、予定変更で京に来たんじゃなかったけか?
何泊くらいしたのかとかあるし
そもそも、信長が京に居るから、予定変更して京に来たのかもしれないけど
>>229
うろ覚えだけど、谷口は在京知らなかった説とってなかったっけ
方針転換したのか? >>226
噂好きの公家や京の人間達が誰一人匂わすような記述含め
書いていないんだから皇室から嫁みたいな話はなかったんだろ
噂集めた老人雑話ですら信忠の嫁取りについて松姫との話はあっても
皇室はおろか公家の娘すらナッシング
信長が外戚として朝廷や公家の発言権を増すようなことするとも思えんし 信長がさっさと死んでくれてれば勝頼も松姫差し出して織田に臣従できただろうに
松姫の息子が織田継いでくれたら万々歳
信玄が一年早く死ぬか信長が一年早く死んだ方が両家の為によかったかもなー
信玄が一年早く死んでても武田には侵攻先がないのだよね
すでに徳川とは遠駿国境でやりあってるし
信長が一年早く死んでも武田家臣が織田への臣従を受け入れるかな
結果論だが織田にとっても東には手を出さずに西に注力したほうがよかったかもしれんし
信忠が脱出できた可能性があったということは
光秀も信忠も殺すことは計算になかったはずだし
簡単に畿内を治めることなんてできなかっただろう
本当は家康を殺すことが目的説でなければやっぱり思いつきで謀反起こしちゃったんだろうな
まず信長を確実にって判断は間違っちゃいないんだろうけど、信忠まで殺せたのは結構運の要素が強いよな
信玄が一年早く死んでたら松姫と婚姻確実になるんじゃね。
繋がり的にも伯母さんの嫁ぎ先本願寺より自分の妹の嫁ぎ先優先するんじゃないかな
光秀の求心力の無さが凄すぎる。
織田家中で嫌われていたのかな?
いや、普通に謀反に加担したら郎党皆殺しだから…
光秀がよしんば中央を掌握できても、織田の求心力はまだまだ根強い(表無きだけだったら、秀吉が自分の養子でない方の三法師を担がない)んで、柴田や丹羽など他の五大将にボコられて終わる
光秀は普通に求心力あると思うよ
斎藤、秀満など最後までに見捨てずに従ってる
斎藤、秀満辺りは光秀が謀反した段階で死罪はまぬがれないのでは
後先一切考えずただ信長を殺したかっただけとしか思えねーわ
信忠殺しは完全にアドリブというかもののついで
>>134
信長は謀反で跡形もなく灰になってしまったという死に様で伝説になった気がする。
生きててもその後うまくやれたかわからない。
死んだからあれこれ想像できるわけで。 >>134
1583年、信長生きてたら、いよいよ誠仁親王の即位だったんじゃないの?
信長が朝廷のために造った幻の大邸宅で
信忠だけでも生きてたらきっと実行されてた
光秀がすべてめちゃくちゃにしちゃった >>248
秀満は光秀の娘婿だからまあ失敗したら絶対死罪だろうな。求心力云々じゃなくて、やらなきゃやられるだけ。
光秀は親戚の筒井や細川にまで背かれてるし、求心力なかったのは事実だろうな。 そういう意味では細川忠興も相当ヤバい立場だったよな
あの状況で自分はおろか光秀の娘である嫁の生命まで確保出来たってかなりの幸運と言うべきか政治手腕と言うべきか
>>245
東大史料編纂室遠藤氏の論文に詳しいけど土御門家文書(宮内庁蔵)によると
信玄存命時でも婚姻確実に向けて具体的に動き出していたようなんだわ
信長から暦を調進するよう命令だから多分輿入れの日付だと思われ
日付は信玄が死ぬ前年正月で同年10月に信玄と信長は仲違いするわけだけど土御門家が
こういう依頼を受けていながら返事をした節がないんで横槍が入った可能性もある
時期同じ頃に家康が謙信に両家が結ぶことは絶対阻止せねばという書状を送っているけど
関係しているのかは不明
信忠と松姫が実婚姻まで至らなかった背景には信長と信玄の仲違いという
単純なものだけではなかったんだろうね
第三者からの 途中送信すまん
第三者からの妨害というのもこれからは考慮していく必要があると思われ
仲たがいしたのは信玄と家康であって信長と信玄は仲たがいしてないだろ。
家康が今川北条上杉と結んで反武田同盟なんて組むまでは武田は徳川にも融和的に動いている。
ましてや織田と敵対する意思などない。
>家康が今川北条上杉と結んで反武田同盟なんて組むまでは武田は徳川にも融和的に動いている。
まわりが敵だらけだから融和的に動くのは当然
ただまわりの敵が落ち着いたら自分の方に矛先が向くかもしれないから徳川が先手を打っただけだろ
そもそも信長包囲網の時に徳川と敵対=織田と敵対という認識は当事者全員にあったのに織田と敵対する意思はないというのは都合が良すぎる
思わず突っ込んでしまったがそもそもスレチなんでこの辺にしときます
>>257
北条上杉と敵対しているのに武田が徳川と主導的に敵対するわけないだろw
徳川が何もしなければ北条や上杉と戦争してるよ。
家康被害者みたいに仕立てる江戸時代の徳川史観に影響されすぎ、
織田と同盟国であり織田が大国で裏切れないので、さらに東に勢力を伸ばす為に、
織田(と北条)の力を背景に武田攻めをしようと画策した家康が武田と敵対しただけ。 誰も家康被害者なんて言ったないが
というか戦国時代に被害者もないのになんでそんなに必死なの?
>北条上杉と敵対しているのに武田が徳川と主導的に敵対するわけないだろw
あとこの一文が意味不明なのだが
まわりが敵だらけだから融和的に動くという俺の文章が読めてますか?
意見が対立してないのに草を生やしつつ突っ掛かれても困る
あとスレチなんで他所で持論を展開してください
>>247
旧幕臣衆が光秀を見捨てなかったのは気になる
やっぱり信長に対する反感みたいなものがあったんだろうか 伊勢・諏訪・御牧のことだろ
幕臣といったら細川しか思いつかねえのかよ
一色とかも反織田で蜂起してるんでしょ潜在的反織田って結構いたんじゃない。
まあ史実ですら一蹴されてるなら信忠生きてたら蜂起するか分かんないけど
史実の明智に乗じるのはまだギャンブルと言えない事も無いけど、
信忠生存の場合はただの自殺行為になっちゃうからな
前にも言われてたけど明智討伐に加わる方がよっぽど気が利いてる
>>231
当時、二条城(二条御所)には皇族が遊びに来てたので
彼らを残して逃げることは出来なかった(明智方と交渉して停戦してる間に逃がした)
皇族を残して逃げるとはみっともないと言われる
どっちにしろ信忠は詰んでる
ただ明智方を押し返したりしてるので旗本が身代わりや切り死にしてる間に
信忠を落ちのびさせる方法はあったとは思う
>>243
信長を始末してから一直線に二条御所に攻めてきてるのに? >>268
残して逃げることができない。
できるよ。南北朝時代に足利尊氏、義詮らが南朝に3上皇と天皇を拉致られながら、次の天皇を立てた前例があるからね。 >>269
佐々木道誉が
広義門院を治天の君として
後光厳天皇の後見すること
認めさせたやつか つーかわざわざ二条城に移らず妙覚寺から直接逃げればよくね?
信忠はくそ真面目な長男だったんだろ
一人逃げることなんかできねえよあの状況でWW
俺も長男で、かつ一族の次期首長(それなりの名門)だから信忠の気持ちは分かる
真面目で几帳面なやつだからなWWW
んで、光秀はそこまで読んでたかもなWWWW
>>268
長益任せたぞ
と言い放って馬上の人になればいいだけ。 >>268
信長殺すのに万もいらないわけで最初から父子殺害が目的なら同時に囲うだろうな
皇族云々は信長なら一目散に逃げてる 天下に王手をかけた段階で逃げるのはまずいのでは
国を治める正当性がなくなるかと
自分たちの部下である明智が皇族に手をかけたり
信忠が逃げたことで明智に朝廷を押さえられたりすると
北条や島津の態度が硬化するかも
信忠だけ逃げても長益や信房では明智との交渉は荷が重そう
>>275
皇国史観に毒され過ぎじゃね
当時の朝廷にそこまで天下の趨勢を左右するほどの権威はないよ 皇族は別に死んでもいいとか
見捨てろとか皇国史観以前の
人間としてどうなのレベルのこと言われても
よく小説などで「二条御所は守りが固いから」という理由で移動しているんだけどなにか引っかかっていたんだよね
自分はやっぱり皇族を守るために一旦動いたんだと思う
明智が絶対誠仁親王に危害を加えないと分かっているか
二条御所が本能寺からだいぶ離れているなら話は別だけど
でも自分の部下が謀反起こして攻め込んできてること自体想定外だから
明智が皇族に対しても何するかわからないと考えるんじゃないかな
明智が皇族に手を出す前提の根拠は?
何の根拠もないよねこれ?
明智が主殺しの上皇族にまで手をかけて逆賊になるとか自殺願望高すぎだろw
根拠?
ないよ。
明智が皇族を人質に取らない根拠も朝廷を押さえない根拠もない。
信長を襲った理由だってわからない。で?
>>277
人間としてどうなのレベルのことは戦国時代にくさるほどあるじゃん 皇族が別に死んでもいいというレベルが腐るほどあるのかは疑問だが腐るほどあるというの自体が反論として弱い
>>275
だから何言ってるの?
南北朝時代を知らんのか?
足利尊氏や義詮、義満らが何回京都から逃げたと思ってるんだ? >>280
皇族を「人質」にした例なんて今までないぞ。あの木曽義仲でさえしたことがない。そんなことをしたら光秀は主君殺しに加えて逆賊の汚名まで得て完全に大義名分を失うんだが、何言ってるんだ? >>278
明智光秀が丹波国主として、朝廷や公家に対して武家に横領されていた土地を取り戻して寄進していた事実を知らんのか?
吉田兼和とか近衛前久とか、公家と培ったパイプがあるのに、親王殺したらそれ台無しになるのがわからんか?
皇族に手をかけた(あからさま)例なんてそうない。あるとしたら崇峻天皇と護良親王だけだろ。崇峻天皇は古すぎて参考にならないが、護良親王の場合はやむなしで済まされてるしな。 横からだけど
光秀って土地寄進する一方、奪うこともやり、親王に歩かせるという無礼行為もする
この一貫性のなさはつまり、皇族がなんなのか知らなかったんだと思う
いつからか明智を名乗り始めた、なりすまし日本人の可能性大
光秀なら前代未聞の皇族に手をかけた可能性だってあったと思うよ(なにせ皇族ってものを知らないんだから)
皇族を人質にするとか言ってるのは信長と本能寺を適当にかじった程度の知識しかないんだろ。相手にするな。
>>286
それなら本能寺の時にしてるだろ。
本能寺の時にしてないのに何言ってるんだ?
ところで「奪うこともやり、親王に歩かせるという無礼行為もする」というのは何の史料にあった?
史料を教えてくれ。 いつからか明智を名乗り始めた、なりすまし日本人の可能性大。
あのな。明智より出自が明らかは大内も朝鮮人のなりすましが日本人化して大大名化してるんだよ。
大内ですら皇族に手をかけてないだろうが。
お前はもっと知識をつけろ。
渡来人が一代で成り上がれる下地がないだろ
戦国時代って今以上にコネ社会だよ
>>288-289
奪うこともやり→すまん具体名は忘れたけど、確か専門家が紹介してた公家か寺院史料
親王に歩かせる→これは普通にフロイス史料
で大内と光秀の比較に関しては、
光秀の方がずっと歴史の浅い在日朝鮮人だったんじゃないの?
更に言えば、(大内が朝鮮人の興した家なら)光秀はちとケースが違ってて、日本の名家明智をいつからか勝手に名乗り始めたんだと思う
今でもいるでしょ、金さん朴さんとかがが織田とか鳥越とか勝手に名乗ってるケース、光秀もこれかなと
>>290
というわけで、光秀が在日一世とは言ってない
在日二世三世あたりなら、あの立場得るのは決して不可能ではない >>291
フロイス日本史にそんな記録あったか?
何章か教えてくれ。自分が記憶してる限りではないから。 >>291
在日二世三世。
光秀は一応明智を名乗ってるんだがな。確かに明智の系図は怪しいが、二世三世が明智を名乗れるほど騙るのは無理だと思うんだが。
というか在日とする証拠だせよ。 いや、ウリナラ在日は優秀ニダって他でやってくれませんかね…
そもそも渡来人って記述あるの?資料は?
>>292
292の探求心に感じ入って教えちゃる
といいながら悪い、何章かは忘れちゃった
ただフロイス史料2種類あるうちの上司への報告史料の方だよ確か
もう1つの、西洋の大衆向け史料ではないよ
報告史料の本能寺の変記事内にある
>>293
証拠なんかあるわけないじゃんw
ただ今でも織田とか鳥越、伊集院なんて歴史ある日本の苗字名乗ってる在日がいるの見れば無理ではないだろ
加えて光秀の行動、親王に無礼行為、謝罪もせず次は擦り寄り、とかしてるの見ればまんま朝鮮人やで こんなスレにまで在日がどーたらこーたらと喚くキチガイが沸くんだな
信忠が逃げずに二条城に篭ったのは
本圀寺合戦の成功例があったから
数日守りきれば摂津や堺の織田軍が駆けつけてくると思ったんだろう
>>296
かつて鮮人による総理大臣暗殺事件で日本史が変わったんだから
本能寺もその手の暗殺事件だったとすれば、なかなか興味深いで
>>297
その説だと「織田の五郎左は人でないよ、お腹召せ召せさせといて」はどの辺に絡ませればいいん? >>298
五郎左?(丹羽長秀)
源五だろ。(織田有楽)
やっぱり知識ないただの騙りか。 >>299
ああ間違えた悪いね、指摘感謝です
こういう誰でも修正可能な部分はつい雑になる
で、光秀皇室への乱暴事件とか、全然メジャーでない部分は丁寧に見るし丁寧に書く まぁ面白そうな話ではあるが、ここは信忠のスレなので。
話を信忠に戻すと、本能寺を乗り切って家中を立て直し、天下統一した後、どうなるかな。
具体的には史実の秀吉みたいに海外進出をするかどうかだが、信忠に南蛮趣味とかあったんだっけ?
本人に趣味があろうがなかろうが、情勢的に海外進出は不可避?
五大将の所領がどうなるかじゃない
明智領は分配されるんだろうけど、わりと広い北条や四国九州が従属した場合は安堵するか転封するか、その場合戦いになるか、徳川の立場はどうなるか
信忠自身の内政実績がないからなんとも
信忠が生き残ったとしてその後の歴史で確実に言えることは本能寺の変の黒幕に織田信忠説が加わることくらいじゃないか
そして家督継承して当主としての実績も順当に積み重ねてるのに
わざわざ親父殺すなんていうリスク犯す必要ないだろと突っ込まれるまでがお約束
>>303
本能寺から脱出
蒲生らと籠城→細川に合流
秀吉が内心ウキウキで戻ってくる→落胆
三七、総大将から引きずり下ろされる→なんやかんやで光秀死亡
秀吉に光秀領を付加し改めて中国方面攻略をさせる
安土にて残務処理、上杉・東国・四国・九州は後回し
信長と同じ轍を踏まないように周囲に信頼出来るものを置く
みっともなく逃げてきた一益は使うのか分からん
寄騎が直臣状態で所領が巨大になり家中で最大勢力になった秀吉が
毛利攻めをやめて謀叛するかもしれんね >>308
山内康豊、鎌田新介、前田玄以、織田有楽、前田利長。
本能寺で京都にいた奴らは明智の手から逃れているんだがね。 >>307
秀吉が貰えるのは毛利から奪った三ヵ国の一部、あるいは全部になるんじゃかいかと。
旧明智領は摂津勢、信孝丹羽の恩賞になるんじゃないかな?
毛利はいずれ叩くというか削ろうとするだろうけど和議が整っているんで本能寺直後はないと思う。
甲斐信濃の混乱収集、北条が敵対しているなら対北条戦の優先度が高いと思うな。 >>309
雑魚と玉ではなあ
むしろ信忠が籠城で引き付けてたからそいつらが逃れられたってのもあるだろうし
本能寺が手遅れになる前に一報が信忠に入ってたらそれこそ逃げきれる確率は大幅アップしてだだろう >>307
信孝が総大将から引き摺り下ろされる。誰に?
内心ウキウキ戻ってくる。許可無しでの和睦を咎められる可能性大。
みっともなく逃げてきた一益。北条が信忠が存命で上野侵攻なんて博打するか? 史実では北条は神流川で一度敗れており、二回目に兵力で強行しただけ。信忠が存命で逃げたら一益は敵前逃亡だから徹底抗戦する可能性あり。森や川尻にしても同様。
与力が直臣状態って、所領が巨大で織田で最大勢力って何の冗談? 与力はみんな織田の家臣。家族も尾張、美濃にいる。当時の織田で最大勢力は柴田勝家、これに尾張美濃に旧武田領を任されている信忠がいる。秀吉はその次。
細川に合流って、丹後にいる細川にどうやって合流するんだ?
秀吉が謀反起こす。長浜にいる家族を見捨ててか? 誰がついてくるんだ? 大義名分は?
小説や漫画の類の読みすぎ。もっと勉強しなさい。 >>310
北条が信忠が存命で博打を打つとは思えない。 秀吉謀反厨は1スレ目の初期からいる古参wで
どれだけ理詰めで論破されてもひたすら自説をコピペして
312のような生真面目な反応を喜んでいる愉快犯
まともに相手した方の負け
最近のぞくようになって参加してるだけで
過去の荒しと同一視されるとか甚だ遺憾なんだが
>>305
間違いないなw
明智の包囲から信長は脱出できなかったのに信忠が脱出できたのはおかしい
と絶対に言われてるだろうなw >>313
北条が上野にあれだけの大軍で進軍したタイミングを見ると本能寺の詳細、
信長親子の生死情報を得る前に出兵を決めたように思う。
一度出兵を決めた後にも続報は届くだろうし信忠からの連絡はあるだろうから
出兵前に撤回、という選択もできるけど、元々、対武田で煮え湯を飲まされているだけに
何かあったら、と考えてのでは?、とも思う。
本題は毛利攻めを東国より優先するか、なんだが、
北条が敵対しなくても
甲信は混乱するだろうから、一応は和議した毛利より甲信の鎮圧を優先すると思う。
自分が制圧した地域の失地回復になることと、本領の濃尾に近い点で。
徳川が史実通りに出兵→鎮圧した後にどうなるかは想像つかん。 そもそも史実で甲信、上野で織田勢が敗走したのは離反してない国人衆ですら士気が皆無だったからであって信忠生存となると
史実で味方だけどやる気なし
→史実よりはやる気あり
史実でしばらく様子見
→織田方に着く可能性がアップ
史実で離反
→史実より慎重になり、情勢によっては織田方
となる
史実より織田にとって良いことがあったらドミノ式で織田優勢にもなり得る
>>317
信忠が存命で、なぜ旧武田領で混乱が起こるのかねえ。起きても史実よりは小規模だろう。
あれだけのタイミングって、侵攻開始したのは本能寺の2週間後だよ。遅すぎるだろ。 >>316
はあ?
光秀が本能寺を始末するのに2時間がかかってる。おまけに妙覚寺は同時包囲していない。
だから二条城に移る猶予ができたんだろ? というか光秀、本能寺のすぐ近くにある所司代屋敷すら包囲していないみたいだからな。だから村井貞勝も妙覚寺に移動できたし。
これで何でおかしいんだよ。 徳川が一時的に甲信制圧しても甲斐はくれそうだが
信濃は絶対似織田が渡さないだろうな
上野が飛び地になるのは困る
そもそも北条も信忠生存で本当に上野や甲信に侵攻するかは微妙
調子に乗ったら信忠の濃尾だけでも4万以上の兵力動員して反撃してくるし
徳川も2万以上動員して伊豆に侵攻してくる
佐竹や里見も呼応するだろうし生き残ってれば上野の滝川一益も反撃して関東に侵攻する
武田征伐の再来になる
織田の経済力考えればこの時期の小田原城では耐えきれないだろう
>>322
勝ち目あるのか?
北条は確かに兵力を温存しているから余力はあるし、信忠も中央にしばらくは忙殺されるからしばらくなら上野くらいは領有可能かもしれない。 北条氏政は情勢の読める名将だぞ
秀吉に逆らったのはまた別の話や
>>324
情勢を読めるなら、関東における北条の立場も理解はしているよな。里見、佐竹、宇都宮、結城、多賀谷、佐野とまだまだ関東に小さいながらも敵対勢力がいるのに、織田に喧嘩を売って主力をいつまでも上野や信濃、甲斐に置いておけるのか?
ましてや徳川が織田になおもつくなら、やっても無理だろう。 徳川を味方につけるのが最低条件だが、家康がその状況で北条と組んで織田と敵対なんてするとは思えんしな
むしろ領土拡大チャンスの為に対北条の先鋒になりそう
というか北条って本能寺前にはほぼ織田に従属状態じゃなかったっけ?
そこから反旗を翻すとか有り得なくね
>>327
はい?
小田原抜けないと関東平定できないぞ、ならわかるが、入れないぞ? 上野からでも甲斐からでも自由に入れますよ。
別に小田原最後にして、先に他の城落としてもいいしな。 >>330
史実で信長、信忠が生死不明でも反織田に動いたことから面従腹背だと思われる
だから反旗を翻すというのは十分にあり得る話
ただ対抗する織田方が信忠生存により史実より必死で旧武田領の国人衆達も史実よりは親織田に動くだろうから、史実のように織田は撤退、徳川が甲信に進出という展開になるかはわからない 信長は名目上、家督は譲っていたとはいえ信忠がキチンとした代替わりできないまま織田家当主になれば信忠側近vs信長の旧家臣団くらいはあるだろうね
斎藤利治はかなり重要な人物になると思う
>>333
信忠の側近である斎藤、猪子、団、坂井、野々村、毛利ら全員が昔は信長に仕えていたことを知らんのか? 対立が起きても後ろ盾がない信長家臣はみんな取り込まれざるを得なくなるだけ。 光秀が道三正室の親族説が本当だったら利治もかなり微妙な立場に置かれそう
下手すりゃ津田信澄みたいに冤罪吹っ掛けられて抹殺されかねない
>>332
生死不明で動いた、というのはどこの資料を見て言ってるんだ? 滝川一益は6月6日の時点で本能寺の変と信長、信忠の死去をつかんでるし、危険を承知で味方国衆に打ち明けてるんだぞ。
6月中旬にようやく動いた北条が、信長らの死去をつかんでいないわけないだろ。 信澄は光秀娘婿、信勝嫡子の二つがあるからだが、新五郎は道三の息子でも末子で光秀との親族関係が弱いから問題ない。
甲斐や駿河からも情報は伝わるから時間が経つほど秘匿は無理でしょ
一益が誠意ある態度で打ち明けたから、武蔵国人や真田すらも一益の退き戦に付き合ったんじゃないの
そのせいでボロボロになったんじゃ秘匿して帰ったら打ち取られてたのかね
>>335
信長正室が生きていたのかどういう立場でどこにいたのかにもよるがその縁故を理由に抹殺されることは無いでしょ
そもそも信忠自身が信長正室の養子扱いじゃなかったっけ 信長正室じゃなくて道三正室だろ
新五郎利治は一般に斎藤道三の正室で明智一族出身の小見の方が生んだ子とされ
光秀とも親戚(従兄弟?)かも知れないって話
まぁよっぽど怪しいところが無い限りは大丈夫だと俺も思うが
>>345
光秀と従姉妹説なら信長正室もそう
道三正室なんて過去の人より信長正室のほうが重視されるのでは
まあ没年不確定のこっちも過去の人な可能性はあるが >>333
新旧主君の側近間で争いはあるだろうけど先の話でしょ。
斎藤利治もそうだが、菅谷長頼が重要人物になりそう
確か信忠と死んでいるが一緒に逃げられるなら信長側近の大物だけに
信長の政権基盤を引き継ぐ時に助けになりそう >>330
武田征伐で何の恩賞も無かった上に上野に滝川配置されて監視されるという屈辱
明らかに冷遇されてたから本能寺後に裏切ったのは当然と思う
問題は信忠生存の場合に情勢判断が難しいこと 三法師が当主でその後見が信雄、信孝で揉めた所に
秀吉や柴田がつけ込む隙があったわけで
信忠が生きてる場合に秀吉や勝家がでしゃばるとは思えない
信忠はほぼ自分の濃尾の兵力だけで武田壊滅させてるし実力は示してる
むしろ柴田も羽柴も信忠に媚びることに必死になるだろ
北条家の冷遇されぶりを見るに、信長生存してたら難癖付けられて減封されてそうだな
本能寺後しばらくしてから動いてるので、信忠の収拾の仕方次第では臣従したままだと思うんだけど
ただ、武田残党と信濃国人がおとなしくしてると思えないんだよなあ
信忠が生き延びても光秀を討った秀吉の発言力が増すのは変わらないし
信長の代わりに京都に入っても濃尾は誰に任せるかでもめそうだし
史実と変わらずゴタゴタはあると思う
東国なんかに構ってる余裕はないでしょ
増す比が全く違う。
いたら、極端な言い方すると、ご苦労!大儀であったって加増してお終い。
それに不満持って叛意を示したら、其れこそ明智の二の舞。
誰も付いてこないでしょ。
>>351
発言力が増すのは間違いないが、あくまで同格の重臣連中の序列に影響するだけで
当主相手に専横できる程の発言力が得られるとは考えにくい。
濃尾は信忠という軍団長になれる家督継承者がいたから与えたんであって
信忠が織田政権を継承したなら信長直轄領と信忠分国を信忠が支配するだけだと思う。
ただ>>350が言うとおり旧武田領は混乱すると思う。
史実の混乱が誰かの意図した混乱でないなら正確な情報で発生した混乱じゃなく
「京で大事があった」で自然発生的に起きたものだから、信忠どころか
信長が脱出できていても、多少規模は変わっても混乱はあったと思う。 >>351
まず、なぜ光秀を討つのが秀吉になるのか説明してくれ。信忠を取り逃がしたら、光秀は間違いなく逃げた信忠を追う。信忠が逃げるなら本領の美濃か尾張だから、光秀も東に追撃する。
となれば、西の備中にいる秀吉が光秀を討てる機会はますます無くなる。美濃尾張を誰に任せるとか何を言ってるんだ? 織田の直轄領を織田当主である信忠以外の誰が統治するんだ? 京都にまるで信忠が本拠を移すみたいに言っているが。どういうこと? >>353
残念だが、甲斐国は家康が意図的に起こしたもの。
家康が光秀方として兵を出し、畿内で反織田の活動を起こすには、
留守中に家康領を襲いかねない河尻秀隆が邪魔だった。
だから明智に合流する前に、甲斐で一揆を煽り、河尻政権を崩壊させ、
無政府状態とした。
信濃も森長可が無事ならなんとでもなった。というか、森長可は本能寺
当時すでに現在の妙高市を占領し、間もなく春日山で上杉景勝を葬る
寸前だった。
森については、光秀が早急に上杉に情報を流したため、森軍は崩壊し、
信濃を去らねばならなかった。これもわざとだ。
信長、信忠のいずれかが無事であれば、甲斐、信濃とも無事だった。 >>353
信長が存命であんな混乱起こるわけねーだろ。武田狩りがますます厳しくなるだけだ。信忠が存命なら、多少の騒動はあり得るが、史実よりは小規模だろうな。
信長直轄領と信忠分国を支配するだけ。あのさあ、それだけで美濃、尾張、近江、山城、それに丹波とか旧明智領もたぶん加わるから、それだけで軽く100万石超えてる。それで逆らう織田家臣がいるとでも?
しかも信忠は信長と同じように政治文書を発給したりしていて、実権こそ無くても実績はある当主。それが分国だけを支配なんてあるわけないだろ。 >>348
北条冷遇されているというが、信長は氏直に織田との縁組を結ぶことを約束している。それ以上望むのは無理だろ。あれ以上、領地欲しいとか言って信長が応じるわけがない。 >>314が言っているように、おかしいのが最近このスレに紛れ込んでいるようだなあ。 ついでに言うと、柴田勝家が越中で佐々成正と前田利家に平定を任せ
引き上げた判断も正しい。まさか、滅亡寸前の上杉が逆襲するなんて、
常人には予想できない。
とにかく、本能寺の変の前後は、豊臣秀吉と言い、上杉景勝と言い、
徳川家康と言い、人間離れした神業を乱発している。異常なのだ。
>>359
上杉にできたことって、織田が捨てた松倉城を奪い返したのと、旧能登畠山家臣の温井らを能登に上陸させたのと、北信濃4郡をとったことだけだよ。その程度で逆襲とか言えるのかなあ。別に景勝は人間離れしてないと思うのだが。 >>360
残念だが、上杉は滅亡寸前だった。本能寺の段階では、新発田重家にも
耐えられないほど弱体化していた。だから、攻勢に出られること自体が
奇跡と言えるのだ。 >>361
攻勢に出たというか、空き地を支配下に置いただけだがね。 まあ可能な範囲内で上手くやったのは確かじゃないかな
信忠生存の場合それもまず不可能だろうけど
>>358
おかしいのと言われた者だけど最近は専門的過ぎて入り込む余地がないから
別のおかしいやつがいるだけだと思うぞ 内外ともに信忠の存在価値がスレ民が言うほど認められてたかどうかだなあ
嫡男に家督継承済みの大殿が討たれて傾いた家は結構あるし
もちろん逆に現代人のイメージより信長の影響力が小さかった可能性もあるけど
信忠が無能だったとしても
生きていれば尾張と美濃が信雄と信孝に分割されることはない
そうすると信雄と信孝の仲が悪くても
それぞれに秀吉と勝家が付いて争うこともない
秀吉と勝家が勝手に争う大義名分がないから賤ヶ岳が起こらないわな
当主の急激な代替わりが起きると実力や実績に関わらず現当主が誰を一番信頼するかで人事異動が発生する
光秀を討ち取ったとしてその後、秀吉や勝家などの方面軍司令官の入れ替えはあるだろうね
光秀の反乱を経験すれば自軍の大部分の兵力と権限を秀吉や勝家に委譲したままでいいのだろうかという疑念が家中に起こる
そういう疑念をあえて信忠にささやく者も出てくる
当然、信忠の近くで共に戦ってきた側近衆の権限拡大、方面軍司令官の入れ替えはあるだろう
その過程で、織田家中で新た内戦が起こって関東や中国攻めどころじゃなくなりそう
まあ干されても秀吉は這い上がってきそうだけど
>>368
大部分の兵力というが、勝家や秀吉は与力がいるから3万、4万の軍勢を動員できるのであり、与力が協力しないなら直属だけなら勝家は1万5000、秀吉は1万くらいだぞ。
光秀見てもわかると思うが、1万3000は直属だけ。細川、筒井を足して2万3000くらいになる。
1万で多いとか言ってるが、織田の急激な拡大を可能にしたのはこの体制があったからこそ。信忠が手を付けるとしても統一後だろうな。 >>365
今川とか龍造寺みたいに家臣団も壊滅した場合以外であるかな? >>369
与力のことを「自軍の大部分の兵力」と書いたんだが 結局明智を羽柴が討滅したとしても
その後に信忠と対立するなら明智と同じ立場になるわけでな
方面軍司令官レベルだと2−4万近い動員力持ってるけど
信忠は美濃・尾張に南近江、明智の所領、明智の与力まで吸収すれば
直轄領だけで8万くらいの動員力あるだろ
これに甲斐信濃上野の兵も加えれば余裕で10万超える
本能寺で四国遠征軍が空中分解した信孝や
伊勢で2万程度の兵持ってても何もできなかった信雄が出てくる余地もない
>>372
それ以前に、信雄や信孝が俺が家督を継ぐとか言っても、賛同者なんかいるかな? >>365
今川氏真と龍造寺政家のことを言ってるのか? 氏真と政家では、信忠と実績からして違いすぎて比較にならない。信忠は実戦経験からして豊富だし、信長が付けていた側近も信長から仕えていた強豪が多くて人材豊富だしな。 >>370
少なくとも本能寺にいた連中は死んでるだろうけどな
世代交代的に吉に出るかもしれんけど 本能寺側にいた有名所の武将は森兄弟と金森長近の息子くらいか?
むしろ本能寺にいるのは全部死んでも信忠には何の問題もないな
村井貞勝の殉死は止めないとさすがに弊害がありそう
責任取って腹を切るとか信忠を逃がすために残るとか
森家は何人か死んでくれた方がが却って好都合かもね
あんまり余力があり過ぎると危険分子になりそうだし
>>381
信長時代は一族丸ごと寵臣みたいな扱いだったからな
といっても織田家に姻戚として食い込んでるとかじゃないしさほど影響は無さそうだけど 池田を通すが長可の嫁が池田せんだから
@せんの姉妹は信房の側室
Aせんの兄之助の嫁は道三の孫で信長養女そして嫡男由之は信長の孫
Bせんの異母姉は信時の娘七条殿
Cせんの義叔母は信長の妹小田井の方
と見事に食い組んでるんだが…
最近では摂津塩川の菩提寺にある文書研究が進んで信忠の側室徳寿院の実家が
摂津塩川家で確定という仮定をした上でだけど徳寿院とAの之助嫁が同一ではないかと
する見方もあるから(要するに信忠からの下賜?)そうなるとますます食い込むことになる
加えて三法師生母は森家の娘という説が昔は有力だったからこれ準拠ならさらに食い込む
連投済まないけど森がアキレス腱(危険分子)になるのではというのは
史板でも指摘されていたよ
乱や長可のDQN賞賛(?)なんかでフィルターかかってるけど冷静にみれば
滝川や川尻怒らせたり当主を古くからの森在地金山から離している段階で
先は知れてるみたいな感じだった
>>383
三法師は正室から男子が生まれたら、そこまでじゃね? >>370
父親が偉大過ぎると秋田実季の様に親戚や家臣団がなかなか従ってくれないこともある
秀吉や勝家がどれだけ信忠に忠誠を誓っていたかが空中分解の要になりそう 柴田も羽柴も忠誠云々以前に従ったときのメリットやデメリットと従わなかったときのメリットやデメリットを考えて動く
本能寺の変の時点で織田に対抗できる勢力がない時点で従わないときのデメリットが大きすぎる
ていうか柴田なんて目をかけてた前田利家に裏切られるくらい人望ないのに
信忠と対立なんかしたら即死だろw
>>386
秋田実季が10歳で家督を継いだの知ってるのか? 信忠は既に家督を継いでいた25歳で実績、実戦経験ありだから比較にならない。 >>374
信長におんぶにだっこのまま死んだ信忠の未知数さを○○が豊富だから大丈夫で片づけるのはちょっと
実戦経験は氏真も政家も普通にあるし、なにより信忠と違って父親が死亡した後も大名をこなしていた実績がある
肥後攻略してるぶん政家の方が勝ち戦の数は多いだろうが
これは鍋島直茂や甲斐宗運みたいな将を側につけた上での実績 信忠政権になったら美濃派の武将が表舞台に台頭してくるだろう
秀吉や勝家が有能だから信忠になっても生き残れるとか現状のままというのはちょっと違和感
代替わりに伴う人事は実力や実績よりも新当主がそいつを信用できるかどうかが最も重要
しかも光秀が反乱起こした後だから尚更
と考えると信忠側近の台頭と勝家や秀吉の配置換えや干されることもあり得る
それを見越して勝家や秀吉が毛利や上杉に走ることもあるだろうねぇ
そこは信忠の器量次第だけど先代の宿老クラスは扱いが難しいね
>>2
知力というか判断力かな。でも相手は光秀だし兵力差は三倍以上だし当時は足掻いて生き恥晒すのは恥ってのがあったしな。
おまけに連れてる家臣にどれだけ逃走路を確保できてそれを進言してたかも疑問。 >>391
斎藤(道三流)、猪子、武井、稲葉あたりは信忠になっても絶対の安定だったろうな
関係ないけど安藤って子孫(輝の側室安藤氏が産んだ庶子)が鳥取で家老として
繁栄してたんだね、斎藤も言わずもがな 魚津城で上杉の忠臣を自害させた勝家が上杉に走るとかどんなジョークだよw
>>395
最前線の指揮官は門前の敵と対峙してるとしか思ってないだろうが、外交の取次をするのも最前線の指揮官
敵方と最も通じているのも最前線の指揮官なんだよなぁ >>390
あんたもっと勉強して。
氏真には祖母の寿桂尼、政家には祖母の慶闇尼と鍋島が補佐についていたから大名をこなせれただけ。特に氏真は祖母に文書発給までされているからひどすぎ。政家も発給文書少ないし。
氏真は寿桂尼が死んだらあっさり大名を追われた。政家は秀吉に隠居させられ実権を鍋島に奪われたが、龍造寺一族で反発は全くなし。
肥後攻略は隆信存命中の話。
信忠は松永久秀、荒木村重、武田勝頼らの戦いで総大将している。それ以前にも長篠、東美濃、小谷攻めに参加している。そしていずれも勝利。
信長は隠居後は天王寺と雑賀除いて、織田本隊の総指揮は信忠に任せている。
またおんぶだっこされた坊ちゃんではない。信忠は結構激しい性格で、信長に作戦めぐって抗弁したり、謹慎させられたりしている。
少なくとも政家や氏真より苦労はしている。 >>392
上杉や毛利に奔っても敗北必至だし、その結果族滅されかねんのにやるとは思えんが
後々配置換えはあるとは思うが、それまでの功績から地方の一国なり半国くらいは与えられるだろう(秀勝を養子にしてる秀吉は特に)
中央からは締め出されそうだけど、織田家の躍進を支えた家として残る方がよっぽどいいんじゃないかね 当然代替わりによる方面軍司令官の入れ換えはあるだろうが
いきなり総入れ替えはないだろ
中国や北陸、関東の平定を機に入れ替えるのでは?
その際に播磨一国、越前一国くらい与えればまず反乱は起こさないだろう
九州平定軍や奥羽平定軍は信忠側近から選べばいい
>>399
信長の息子や娘はたくさんいるから
その辺と縁組で化粧料代わりに
領地与える感じでいけそうだしね 勝家って子供居たの?
仲が悪い養子が1人居たって話は聞いたけど
>>398
信忠大好き信長でも、謹慎させたりしてるんだね >>398
直茂「家臣してたらババアが押し掛けてきて強引に嫁を斡旋すると言うので
やや迷惑に思ってたらババアが白無垢来て輿入れしてきやがった。何を言っ(ry)」
これ実際に自分に置き換えると怖いよな >>398
その論法じゃあ信長存命中の頃の話は全部信忠に跳ね返るだろ >>405
その跳ね返る論を詳しく書いて説明しないとダメだよ。詳しく書いて説明してね。 まず信忠には父親急死後の政務や軍務をこなした事実がないので
寿桂尼や慶闇尼の例を持ち出して、氏真や政家をひどすぎ等々といえるようなものではない
少なくとも自分は0と1の差は大きいと思う
> 肥後攻略は隆信存命中の話。
天正14年12月24日付けの毛利家文書で島津家に対する龍造寺政家戦勝の話が出てくる、岩屋城合戦の直後
> 信忠は松永久秀、荒木村重、武田勝頼らの戦いで総大将している。それ以前にも長篠、東美濃、小谷攻めに参加している。そしていずれも勝利。
> 信長は隠居後は天王寺と雑賀除いて、織田本隊の総指揮は信忠に任せている。
これらの場合で『総大将が信忠でなければならない』ことの意味が次期当主に箔をつけさせる以上のものはないだろう
ただ信忠だから状況が変化した(武田征伐の場合がよくそう言われるが)という説を否定はしない
> またおんぶだっこされた坊ちゃんではない。信忠は結構激しい性格で、信長に作戦めぐって抗弁したり、謹慎させられたりしている。
信忠がまず信長ありきでしか語る事ができないのは性格がどうこうの問題ではない
> 少なくとも政家や氏真より苦労はしている
二人より若死にしている信忠の方が実績の積み重ねがないという事実は変えられない
横から失礼するが松永、荒木、武田はどれも家督を継いで織田家当主に
なって以降の戦だから信忠でなければならないに決まってるだろw
信長は実権こそ握ってはいても既に隠居の身なんだよ、俗にいう院政状態
>>407
信長公記読んだことないのか? 武田征伐では信忠個人の活躍がよく描かれてるんだが。
天正14年12月24日付の書状? 岩屋直後?
岩屋は5ヶ月前の7月にあり、12月24日って戸次川の2週間後だけど、そんな時期にどんな書状が出ていたのか教えて下さい。その時期はまだ島津が圧倒的に優勢な時期にあたるはずなんですが、龍造寺は島津に勝ったというんですか? 一度降伏していた島津に背いて? 武田征伐は信忠の個人戦績だよ
信長は本隊が着くまで待つよう伝えた
武田が戦況を整える前に撃破できたのは信忠の戦才です
>>408
その頃は信長から信忠への権力移行期間だというのは百も承知
しかし松永・荒木成敗は信長が選定した戦場へ行って、言われたことをただこなすだけで失敗がまずない戦場
信忠だから成功したなどと当時から誰も考えていないだろう
例に挙げられた中だと唯一武田征伐が信忠の思考や判断が見えてくるので別に挙げたつもり >>410
信長「おいちょっと待て」
信忠「父上が来られる前に滅ぼすぞオラー!」
奥平「ヒエッ」 信忠ってなんかナイトハルト殿下に被るんだよな…
イクゾー
>>411
選定もなにも本陣かまえている地へ行くのは当たり前だろうに
選定したとかゲーム脳かよw まあ松永荒木は謀反人征伐だから信忠の真価は分からんっていうのは分からなくもない
ただ、甲斐征伐は信長の言うとおりにしてたら、武田滅亡まで一年以上掛かった可能性がある
そうなったら結果的に本能寺はなかったかもしれんけど
秀吉は大大名を潰さずに取り込んだせいで外征せざるを得なくなったのであって
基本は潰してく路線の織田政権の場合はその必要も無くなるんじゃないか
信長ならともかく信忠は外征はしなさそうな気もするな
軍団長クラスの再配置(地方飛ばし)もあるし、然るべきところから正室貰って嫡子作らなきゃならんし、
その後も織田家世襲による統治体制構築の方に手間隙かけそうな感じ
浪人対策を考えれば最初に天下をとったらせざるを得ないかと
>>420
徳川幕府さえ、浪人対策を真面目にやり出したのは家綱に代替わりした時なのに何言ってんの? 信忠なら唐入りする余裕がない可能性もあるが
できるのであれば寿命の分だけ成功の可能性は高いな
そもそも信長が朝鮮や明に出兵を考えていたかどうかすら堀杏庵が書いた信憑性の怪しい史料による出典だぞ。
信長に関しては直轄領の多さを考えると
唐入りして疲弊するのは自分と親族なんだよな
>>420
牢人って関が原以前より以後のほうが多いのじゃないの?
関が原以前はフリーターみたいに戦場点々で食っていけたし 正規兵より非正規の傭兵が溢れてたら治安とかどうなるんだよ
嘘か本当か知らんが信長は中央集権的な官僚制を敷こうとしてたらしいから
有能な浪人は役人として取り立てて無能な浪人は抵抗手段奪って平民に追い落とすみたいにしたんじゃ?
>>428
治安維持のためにも唐入りはしただろうね
有り余る軍事力をどう用いるかは天下統一したら考えたないとならない重要な案件 無職になった兵士らは土木作業員に転職でないの?
信長も信忠もそっち方向って感じ
>>431
おとなしく「今日からお前らは土方だ」って言われて
「そうですか。わかりました」って
従う連中じゃないと思うが >>431
明治維新後の旧官軍武士階級による反乱見れば分かるだろw >>430
治安維持のために朝鮮出兵とか何の冗談? 秀吉の時に出兵やって日本国内の治安が悪化したのを知らないのか? >>430
秀吉の例もあれば家康の例もある 織田家がどちらかはわからん
そもそも過去の源平の天下人は海外遠征なんかしてない 信長とか信忠って海外遠征するかな?
秀吉の朝鮮出兵は信長の遺志を継いだとか言うけど
秀吉は自信過剰だけど信長はリアリストってイメージだから海外遠征はしなさそうな気がする
するにしても琉球とか東南アジアとかで明相手にはやらなさそう
まあ分からんけど
>>435
大坂の陣があるだろ。石高で言えば2万も集められるかどうかの豊臣が
浪人たちを集めた結果10万もの軍勢になったという例が >>438
琉球や台湾を支配下に置いて貿易拠点にするというのは確かにありそう
そこからフィリピン辺りまで手を伸ばすかだな フィリピンって当時すでにスペイン勢力がいたんだよね
スペイン人は日本にも来ていたし、信長を親友と言ってる人もいた
彼らとのお話し合いで貿易拠点確保かね
信長の場合は朝鮮半島や明に進出するより琉球からフィリピン、東南アジア経由で
インドやアフリカ、欧州との貿易重視だろうね
まぁフィリピン進出はスペインと戦争になりそうだが
信長ならともかく信忠は海外遠征はしなさそう
琉球くらいは薩摩の大名が勝手にするかもしれんが
>>436
過去の天下人って言っても
清盛は後白河と権力闘争してて余裕ないし、そうこうしているうちに反乱が起きた
頼朝は西日本までは限定的にしか力が及ばなかった
ただし元寇の後に鎌倉幕府による高麗征伐計画は存在した
尊氏は南朝と戦ってた
義満の頃はチャンスだったかもしれないが、室町幕府は成立経緯から守護の勢力削減をしなければいけないほど脆弱な体制だったわけで難しかったのでは
結局すぐに内乱が頻発してそれどころじゃなくなる
織豊政権による統一がなったあとってのは、古代の大和王権以来の外征のチャンスだったんだよ 外征するとすればやはり半島経由で唐入りしかないだろう
当時の台湾なんて疫病だらけでまともに入植できないと思う
明治の頃ですら苦労したんだから
東南アジアには大規模な軍隊を送れる船がないし征服したとして中央のコントロール効かないだろ
つまり東南アジアとは貿易すれば足るのであってそれは唐入りと両立は可能
>>439
大坂陣のときに浪人がいたのは、関ヶ原で家康が大名をぶっ潰したり削減したから。何で信忠のときにそんなことになるのか? たとえ半島から唐入り狙うにしても信長なら半島の現状もある程度は調べてから出兵するだろうな
秀吉のように補給は現地調達でなんとかなる的ないい加減なことはやらないだろう
>>445
確かに外洋船の技術や大規模な軍隊はないがどうだろ?
この頃の東南アジア辺りでは日本人傭兵の需要が高かったとも言うから、
キリシタン大名や島津長宗我部などで部隊を編成し、スペインに船を出させて運ばせるという手はあったかもしれない。
もちろん中央からのコントロールなんて効くわけないから、好き放題暴れるはず。
その鎮圧名目で更に部隊を送り込み、到着後先発組と合流して現地制圧占領とか。 >>447
年齢考えたら信長ならやらないかもな
国内の戦すら半隠居状態だし信忠行かして病死でもされたらそれこそ織田家終わる 本能寺後の信忠の天下統一後にしても織田の主だった武将は総じて高齢
柴田・滝川・丹羽らは高齢だったり史実でもまもなく死んだり 秀吉も若くはない
天下統一までに次の世代がどれだけ成長するかだな
>>450
堀、蒲生、森(戦死だが)、万見、長谷川、矢部(行方不明だが)、菅谷(戦死だが)辺りの
次世代の幹部候補なんだろうけど、いずれも早死にしてんのよね。 >>450
丹羽は息子の長重が
長秀のキャラのそのまま後継ぎそう 信忠の弟達はどうなるんだろ
やっぱり信房が信雄信孝を追い抜いていくんだろうか
>>452
史実だと長秀が死んだ時の長重はまだ若年 ポジションをそのまま継ぐとしてもワンクッション必要だろうな
>>453
信房の器量も優遇されてた理由もいまいち不明だからなあ >>448
唐入りの代わりに東南アジア進出するんじゃなくて、
むしろ唐入りは無理にしても朝鮮半島の南半分を領有するなどして大陸に進出した方が、外洋航海技術が発達して東南アジア進出が進んだんじゃないだろうか
スペインやポルトガルだって、レコンキスタの余勢を駆って北アフリカに進出したところから大航海時代が始まるんだから 明と敵対したからこそ明の東南アジアで中国商人と出会い貿易をする必要もあったわけだしね
貿易が盛んになれば利権を守るために拠点の占領もあったかもしれない
スペインやポルトガルがしたように
当時の日本人が最も海外から調達したかったのは絹糸
あの時代では東南アジアに進出しても意味がない
進出するとしたら唐入り以外はない
唐入りするとしたら寒すぎる朝鮮ルートより台湾を支配してからの方が成功率は高いだろうな
それかもしくは当時なかば鎖国中だったシナの港近くで
日本人版ペリー
>>458
北海道以上に寒い北朝鮮や吉林省を経由しての唐入りは難しい
おまけに温暖な気候の西国大名が中心じゃ失敗して当然
秀吉が自身の寿命を考えたとしたら仕方がない選択だが
信忠だったら寿命も長いこともあるし南から進めるだろうね 浪人対策に外征が有りなのは確かだけど外征しかないわけではない
別に国内の浪人の団結を阻害しつつ反乱を鎮圧していくという方法もありだし対策は無数にある
>>462
簡単に言うけどそんな渡航技術が当時の日本にあると思うか?
しかも敵国を征服するための軍勢・物資を送り込むわけだろ
秀吉じゃなくても朝鮮経由が現実的だろ >>463
なんで信忠の時代に浪人対策が出てくるんだ? わけわからん。 当時の台湾なんて何もない未開の土地だろ
何しに行くんだよ
関が原で浪人が増えたのは確かだろうけど負け組でも召し抱えられた連中もいるだろうし
秀吉期に牢人問題が表面化しなかったのは外征とか戦をし続けたってことじゃないの
そもそも徳川時代でも大坂の陣と島原の乱くらいしか大問題にはなってないけどね
>>466
台湾派の言い分はおそらく琉球から宮古島とか経由で台湾を制圧してそこから中国や東南アジアへ侵攻ってことなのだろうけど・・・・ >>464
台湾経由なら難しくない。当時の台湾に大した勢力はいないし
制圧そのものは時間をかければ十分に可能
むしろ朝鮮経由の方が非現実的。朝鮮半島は日本の東北地方北部、北海道と
同じ亜寒帯地方で冬の寒さは東北地方や北海道以上
寒さとは無縁の西国大名には厳しすぎる気候 徳川幕府は東日本の開発で失業者対策をしたけど京都か大坂を拠点にする
信忠がそれをするわけがない
>>465
秀吉も家康も対策はしてるぞ
というかなんでそんなに喧嘩腰なの? そもそも浪人対策なんて統治をする上で基本政策の一つだと思うが。
あと信忠が国外進出する理由を考察するならわかるが最適の唐入り議論はさすがに他所でやってほしい
>>470 東日本の開発を浪人対策にした? そんなの初めて聞いたんだが、資料は何か教えて。
>>471 秀吉、家康がした浪人対策って具体的に何ですか? 家康はむしろ関ヶ原と、その後16年の統治で大名を潰し回って浪人を増加させたはずだが。
そもそも徳川が浪人対策に乗り出したのは家綱の時。しかし家綱以降も不十分で、関東は治安悪化が問題になり、江戸時代後期にようやく取締出役いわゆる八州廻りを創設して取締りに出てるんだが。 >>469
台湾へ軍勢送るのが簡単だとでも?
間近の朝鮮ですら妨害されたり事故で船が沈んだりしてるのに
それも台湾制圧だけじゃなくて大陸侵攻も見据えてだろ やっぱ日本の立地で海外遠征は現実的じゃないよ
仮に一時的に占領できても維持できんわ
台湾の勢力って原住民しかいないだろ
田んぼも作れないだろうしどうすんだ
>>476
300年程早く、八田与一がいてくれれば。 >>473
失業者対策な。江戸の開発はそれまでの普請とは比べ物にならない大掛かりなもの
>>474
台湾への進行を誰が邪魔するんだ? 当時の日本の外洋侵攻って島津の琉球征伐の3000人くらいじゃないの
縁もゆかりもない水軍ではとうてい無理だろ
島津が琉球だけじゃなくその先の台湾にも進んでたら
歴史は大きく変わっただろうな。
>>478
江戸の開発が浪人対策?
初めて聞いた。何の資料か教えて下さい。
江戸の開発は大久保、本多、伊奈が中心になって、徳川家臣や天下普請だったと記憶していましたので。 台湾まで行ったら疫病と強力な原住民族にやられて島津でも苦労しただろ
信忠とは何の関係もないけど
>>475
朝鮮半島沿岸部ぐらいなら可能だろう
ただ豊臣がやったみたいに一気に占領しようとするとやらかす 朝鮮ならともかく台湾こそ一気に占領しないと戦線が続かないのでは
徐々に削っていくやりかたは戦力・物資を常に投入できる隣接した相手じゃないと
武田の高天神城みたいに孤立するのが目に見えてるわ
曲がりなりにも国家としての体をしていた朝鮮でも明軍が入るまでは圧勝だったのに
国ですらなかった台湾で苦戦するとは思えん
国際情勢にあかるい信長と信忠だったら明の首都である北京が近い朝鮮ルートより
遠回りでも台湾ルートで唐入りするでしょ
台湾を占拠出来たとして保持し続ける事が出来るのかな
本国からの連絡・補給線の長さは相当だろうし
それと琉球を完全に拠点化しなきゃならないと思うが、それにもそれなりに時間かかりそう
台湾って明治時代でも風土病で千人単位の病死者を出してるから
医学の発達していない当時じゃまともに統治できる土地ではないだろ
そもそも台湾からのルートは史実では鄭成功とその息子が試みて大失敗しているんだけどな。しかも鄭成功の場合は南明など反清勢力と協力し合っての失敗だし。
信忠、秀吉時代だと時期が違うが、まだ明は張居正の遺産などそれなりに機能していたし、たぶん無理だろうな。
貿易拠点を作るくらいならともかく当時の台湾に侵攻拠点を作るなんて無謀としか言いようがない
貿易拠点であれば大規模な軍隊派遣は必要ないわな
やはり大規模な軍隊を派遣するなら半島経由の唐入りしかないよ
おそらく豊臣政権は台湾ルートなんか検討すらしてないだろうな
>>487
連絡はともかく、補給は現地調達できないの? 秀吉の寿命がもう少し長ければ半島南半の占領統治くらいは可能だったし
明の参戦さえなければ山海関の東側は余裕だったと思う
豊臣政権であれば鎖国政策をとらずに東南アジアとの貿易のために台湾への拠点構築もあったかもね
点と線の占領は可能でも統治は無理だろう
あと明征服が目的なのに明の参戦が無ければって意味不明
>>491
民国の首都北京が近い半島経由とか無謀過ぎる
>>493
補給は海運を使える豊臣方が有利。中世は陸運の補給は戦場もしくは
戦場に近い場所からの現地調達しかない
種と北京とその近郊から台湾に補給できる手段はない もはや信忠関係ない
何故か台湾ルート推しが頑張ってるだけ
外征の件も含めて鎖国せずに諸外国と渡り合えるifを夢想したいところだけどやっぱり難しいのかな
キリスト教の影響を排除しつつというのがまず無理ゲーっぽいし
鎖国しなきゃ台湾領有はあったかもしれんし、東南アジアに華僑のような日系人がいたかもしらん
しかしあの当時の台湾を完全征服するのは無理だり意味もない
ましてや台湾ルートでの唐入りなんてありえない
現代の我々が考えるような統治までを秀吉が意識していたかというと疑問。
仮に信忠が行うとしたら侵攻は現実よりゆっくりになるんじゃないか。
当時の世界最大とも言える有り余る軍事力を信忠だったらどう使うか
個人的には唐入りはせず台湾や東南アジアに進行すると予想
外征を当然のように言うやつがいるが単に秀吉個人がキチガイだったかもしれんぞ
みんな兵士の職場喪失を心配してるけど
天皇が止めーって言ったらピタッと止めるのも日本人
信長信忠ならそのつもりだった気もする
信長が死んで後を継いだ嫡男の信忠が天下統一して織田政権ENDって順当すぎて全然面白くない
史実は親族じゃなくて信長→秀吉→家康の政権転覆劇だから面白い
信忠もキッチリ殺してくれた光秀に感謝
>>501
軍縮して余ったお金で内政が順当だと思うが >>504
NHKの人?
今までも光秀持上げに頑張ってたけど、最近特にあからさまだよね 信忠は近江の膳所に難を避けており、これに従う福富平左衛門、杵屋富三郎も比類なき働きをしたのである。
>>507
膳所に避けるって、当時の膳所は城も陣屋も無かったのに、そんなところに避けて信忠は何をしてるの? >>511
室町幕府再興とか、光秀ヤバイな。それが事実なら。そんなの今更誰が従うんだよ。 幕府再興はあくまで大義名分だろ
本気でそのつもりだったとはとても考え難い
信長、信忠をやった後の光秀の求心力の無さが何とも言えない。あれだけ周りから協力を拒まれるとか、本人も思って無かっただろうな。
本能寺の変は明智光秀が織田信長の南朝復興の夢を打ち砕いた事件であった。
反論がないと事実であると認めたことになります。
いまだかつて反論なし
どんな大義名分を謳おうとも主人殺しなのは変わりないですからね。
信忠の指示、あるいは柴田、丹羽、羽柴らも同時に蜂起したとかならともかく、
光秀の独断ではだれも付いていこうとはせんでしょう。
光秀の独断だと判断できれば、ですが。
信長信忠父子を弑したあとの光秀は目的を果たしたあとの脱力感に襲われて、切れ味を失ってしまったんだろ。
朝廷対策に日数を費やすのは後回しでも良かった
周辺の武将に安土城の金穀をばらまくべきだった
写しは前からあって原本が見つかったという話だから新事実は何もないぞ
>>516
ねぼけたこといってないで、はよ反論せいや!!! 何がだ?
自分がトップになるか足利将軍を立てるかの選択肢しかないだろ
>>519
当時、南朝の皇統を継承していたのは誰ですか? 反論も何も、まずそれを説明してくれないと。 >>520
516の内容はあなたへの反論では無いですしそもそもスレ違いな気もしますが。
515の内容だけでは賛同も反論もできないのでもう少し詳細をお伺いしたいですね。
・「織田信長の南朝復興の夢」とは何の事?
・信長のどの行動や傾向から、彼の夢が南朝復興であったと判断できるの?
・光秀はどこでそれを知ったの?
・光秀は何故それを阻止しようとしたの?
・光秀は何故それを変後に喧伝しなかったの?
・本能寺の変で「南朝復興の夢」が打ち砕かれたと、どこで判断できるの?
説明が無い場合515の内容は個人的な妄想であると認めたことになります。 >>513
明智が信長を討った名分として使えるのがそれくらいしか無かったって事なんだろな 仮に黒幕が朝廷だとしたら公言はしにくいだろうからな
義昭なら公然と反信長だから
織田家のナンバー2より足利家のナンバー2の方が良いとの判断かな
織田は親族以外は遠方に飛ばされる可能性があるし
>>527
将軍に実力のない幕府のナンバー2って事実上の天下人 出雲石見国替え説はともかく、明智光秀に任せられていた丹波、近江滋賀郡を将来収公する可能性はあったのか?
>>529
信長も京周辺は身内で固めたいだろうし可能性はあったと思うぞ
最終的に光秀は官位名通り九州送りにするつもりだったのではとも言われてるし >>529
秀吉と同様に信長も大坂を本拠地にするつもりだったらしいから
遠くない将来、光秀が移封されるのは確実 本能寺の変がなければ堀秀政は、秀吉の長浜城を与えられる予定だったらしいし、菅谷長頼は、前田利家 佐々成政の越前府中を宛がわれる予定だったから 丹波はともかく坂本城は信長側近に宛がわれるのは確実だろうな
地方の攻略を任せてるのにいつまでも近江近郊を本拠地にされても困るからな
信長時代は地方行かせる場合は転封じゃなくて出向が多い
そのおかげで本能寺後に滝川や森は本拠地に出戻ってる
翌年くらいには旧領接収されてたんだろうけどその時間が無かったもんな
織田が統一した時の最終配置図みたいなのはどんなだったのかね
>>526
朝廷黒幕説に関しては、秀吉の関白就任が根拠になる。
あんな怪しい出自の人間が関白になるのは、相当のことがあったと
疑うべき。つまり、秀吉は朝廷黒幕の証拠をチャラにする代わりに、
関白の就任を強請ったっと考えることが容易に可能だ。 北条との折衝に功績のあった滝川一益を東国の経営に当たらせるべく、上野に移したのが皮切りだったな
>>536
封建制度でなく中央集権国家になっていたかもしれんな
織田の領国は本能寺の時点で江戸幕府以上だったし 当時の日本で中央集権なんて無理に決まってんだろ
つーか織田はむしろ家臣に領地与えすぎ
与えるだけ与えて後々改易で削っていくつもりだったんじゃないの?
>>540
与えてたっていうより、預けてたんじゃないの? >>499
唐入りはともかく台湾や東南アジアを支配する意味はあるぞ
その一つが砂糖。当時の日本では砂糖を自給する術がないにも関わらず
南蛮貿易で砂糖が齎されたことで、砂糖を得る為に大量の金銀銅が流出した >>545
せいぜい沿岸海軍がやっとのところなのにどうやって西欧勢力と張り合うんですかねぇ… 脱出と言っても無事に本拠地の岐阜まで戻るのは難しいだろうな
近江経由は自殺行為だし、光秀の影響力が及ばない大阪まで一旦戻り
そこから伊賀経由か伊勢経由で戻らないとならないが困難極まりない
>>548
光秀が何も手配してないなら安土までは案外すんなりって意見が多いのじゃない?
伊勢なら信雄と合流だろうし大坂に行くなら信孝軍と合流
家康と違って光秀の影響下にない場所ならどこに逃げても自家領には違いない 取り敢えず摂津方面を目指し、惟住長秀、三七信孝との合流を目指すものと思われる。
丹波方面は論外として、近江方面も滋賀郡は明智領だから敵の警戒線に掛かる。
大和方面は結果的に光秀に協力はしなかったが光秀の与力武将筒井順慶が居たから信頼できるとは言えない
石山、住吉、岸和田、堺に集結させていた四国討伐軍は大半が四散したとは言え、ある程度まとまった味方を期待できるのは摂津しかない
>>552
?
ちなみに信孝は信雄に殺されたけど… >>549
>>家康と違って光秀の影響下にない場所ならどこに逃げても自家領には違いない
いくら何でも楽観的過ぎる
>>550
信孝が素直に受け入れるとは思えないけどな
三法師との関係を考えると信孝にとっては千載一遇のチャンスを
捨てる理由がない 史実では信忠が死んで明確な後継者が不在になったから信雄信孝による争いが発生したのであって
信忠が生きてるのならその二人も流石に家中分裂のリスクを負ってまで刃向かおうとはしないだろう
まあ、あいつら馬鹿だからやりかねないとか言われたら確かに…とちょっと思ってしまうけど
>>551
のぶたかさん、軍と一緒にいないし... >>555
信忠殺して光秀と対峙するより恩を売って織田家内での地位を高めたほうが無難
長秀はさすがに信忠を迎えるだろうし >>553
どんな世界線に生きてるんだよ
羽柴に切腹させられたろ >>548
織田家の本国は濃尾なんだからそこを目指すのが当然だろう
光秀が捕捉しようとしてもその日のうちに安土まで逃げ切れば信忠の勝ち
史実では光秀は瀬田の大橋を焼かれてそこで手間取ったりしてるから逃げ切る可能性はかなり高い 信孝は信雄に殺されたの知らん人多いな
岐阜囲んでいたのも信雄なのに
誰も暗殺されたなんて言ってなくない?>>552>>553>>559>>563
>>551が何をもって信忠が逃げ込んだら暗殺されると言ってるのかは知らんが 津田信澄を証拠不十分なまま殺害を皮切りに史実の信孝は判断ミスを連発した挙げ句殺されてるし
信雄よりましだったと言われてるけどテンパるととんでもないことしでかすタイプなんじゃないかこの人
だからと言って逃げ込んできた信忠を暗殺なんていう無茶苦茶なことするとも思えんけどな
565の書き込みを見てそれは後世の創作とマジレスする奴が出るのが定番の流れだなぁと思ったら案の定
多分釣られてるよ
そもそも>>565を知らないわ…
信忠が脱出できていたら、信澄は殺されずに済むかな? 史実と同様に信孝がやっちゃう可能性が高いんじゃないかな
明智謀反信長死亡は変わらんのだし
>>566
信孝と信雄にすれば家督を相続できる唯一無二のチャンス 頼ってきた当主を暗殺されるという失態で自分の方にチャンスが回ってくることはないと思うが
信忠はまだ当主ではない。あくまで最有力候補の一人に過ぎない立場
最大の後ろ楯だった信長の死と自軍は遠い場所にいることから立つ瀬としては信雄よりも脆弱
>>575
いやとっくに家督譲られてるから当主だったんですが いや信長は活発に活動してたしまだ本当の意味で隠居してないから
>>577
それでも、信雄、信孝にチャンスはないだろ。形式的かもしれないが
(実際にはそこそこ実権もあった)、信忠に譲った以上、手を出すことは
謀反となる。もし信忠に手を出したら、確実にもう片方や信長の部将
(特に秀吉)に利用される。さらに、光秀にも利用される可能性は高い。
間違いなく破滅してない。 本能寺の時点なら信忠を当主から外せるのはもう信長だけ
573とか575とか、このスレってわりと本物の馬鹿がいるよなw
馬鹿というか、家督がどういうものか分かってないのでは
羽柴謀反厨もそうだけど
忠興が玉監禁してなけりゃ津田みたいに殺されてたのかな。
>>575>>577
先代当主の死によりすでに譲った家督が逆転した例があるのならご教授願いたいが >>583
うーむ。南部晴政かねえ。
晴政の死後、晴継が継いだが、養子信直に家督を奪われた。
こういう例は極めて少ないねえ。 養子とはいえ信直は元は後継扱い
病死にせよ暗殺にせよ家督を継いで間もなくでは信忠と立場・実績が違いすぎる
>>577
信長は隠居したわけでなく天下人としての役割があるから大名としての織田家の家督を信忠に譲ったわけで織田政権が織田家を母体としてる以上家督継承の時点で次期天下人として確定したとみるのが普通でしょ 信忠は一時期以降は完全にナンバー2だったからな
兄弟達が出る幕なんて無い
というか牛一の記憶や取材ソースが確かなものであるならば
甲州征伐の折に信長は年内に天下も信忠に譲ると言ってるから
確定でいいとオモ
そういや信雄は通称が三介で織田家当主が代々受け継ぐ通称である三郎と類似してるので
嫡流扱いされてたみたいなことがWikipediaに書かれてるけどこれって何かソースあるんだろうか
それが本当なら清洲会議でもうちょっと信雄の存在が重く扱われたんじゃないのか
長篠後に岐阜尾張を統治してたはずだけど、なんか話聞かないよな
清須会議では秀吉が三法師を、勝家が信孝を推したはずだけど、信雄の出番なんぞあったの
まあ仮に京都を脱出できても兄弟たちのところに逃亡すれば
病死として暗殺や毒殺される可能性は高いし
光秀の包囲網を抜けて本拠地へ戻るのは至難の業
だからこそ家康も独力での脱出をしたんだろう
それは戦国時代を理解できてないから
当時は落ち武者狩り、自力救済、自検断が当たり前であり
自分の身は自身で守るのが当然の時代
落ち武者同然で本拠地以外に逃げ延びて
討たれない方が珍しい
病死としてとか簡単に言うけど信忠が単騎で逃げてくるわけはないし
側近もろとも殺ったら隠蔽は不可能
信雄や信孝が信忠を利用して得はあっても殺すメリットは無いな
光秀を討って織田家中で力を得て将来用済みになったらとかならまた別の話だ
>>592
そんな話聞いたことがない
信雄も信孝も他家に養子に出されて織田姓を名乗れなくなった時点で
嫡流どころか後継者候補から外されたって見方が一般的では 前野家文書を元に編集者が自分好みに編集したんだろ
Wikipediaとはそういう場所
信忠が光秀を討伐して織田政権復活
以降の豊臣政権も徳川幕府も絵空事に成り変わる
京都からの脱出は出来ても岐阜に帰るのは難易度が高い。その間に秀吉が光秀を討ち
織田を乗っとるのは変わらないだろうな
>>605
京都から脱出すれば岐阜まで戻らなくても安土に戻れば助かるだろ
実際 有楽とか逃げ切ってるし、
秀吉が大返しするまで11日
それまでには信忠は光秀鎮圧はそう難しくはないだろ 秀吉が光秀を鎮圧しても、信忠は秀吉を賞すればいいだけだが
ま〜たいつもの乞食にレス恵んでいるよ(呆れ)
お前等なんだかんだ秀吉謀反ネタ大好きなんだろ
秀吉どうこうはもう使い古されたネタだからやるにしてももうちょっと目新しい切り口が欲しいとこだな
>>607
流石にそれだと秀吉の存在がデカくなりすぎる
現地での名目上の総大将は信孝だろうし毛利も残さざるをえなくなるし
いろいろ面倒くさくなりそう >>606
>実際 有楽とか逃げ切ってるし、
と言うけど、その後の有楽が「良くぞ逃げ切った天晴れ武将」とはなってないでしょ。
命からがら逃げてきただけで安土には大した兵力もいない。松永久秀的な武将の謀反とは違うから誰が味方で誰が敵やら不透明。
さらに岐阜まで逃げた上で疑心暗鬼になりながら情報収集しつつ籠城が手一杯じゃない? >>614
そりゃ主君である甥っ子を放って逃げたからだろ。
まあ、信忠も一緒に逃げてたらどうなってたかは分からんが。 秀吉も光秀に便乗して謀反とかないか?
毛利はとにかく和睦したいだろ。既に毛利は限界だし。
秀吉なら信長亡き後の織田家臣団の調略もうまくやれるかもしれない。
池田は無理かもしれんが、高山・中川・蜂屋・宮部その他秀吉に付いた与力がいれば天下取りは可能でしょ。
もしかしたら信孝も味方にできるか……?
勿論、史実よりはるかに難易度が上がるのは承知しています。信忠には柴田勝家と池田、丹羽がつくだろうし。
>>616
その場合何を大義名分にするかですな。
史実では織田家の当主として三法師を推戴→その後うやむやにという流れでしたが、
信忠が健在な場合この手は使えないわけでして。
そして名分もなしに謀反を起こしたところで与力連中も付いては来ないでしょう。
堀や宮部や黒田はもちろん、浅野や蜂須賀も怪しい。
毛利も「織田家重臣の羽柴秀吉」に和睦を申し込んだのであって、「織田家謀反人の羽柴秀吉」に付くとは思えません。
寧ろ信忠政権と連携して敵対し、信忠政権下でのポジション確保&待遇改善に努めるのでは? 秀吉は織田政権内の派閥形成までで謀反までは考えないんじゃないかな
結局は信忠次第で明智討伐に関与出来ずに京から逃げただけだと、
武家政権の主としてはマズい状況になるとはおもう
そうかねえ
足利尊氏親子なんて自分が擁立した天皇すら見捨てて何度も何度も京都から逃げ出しているけど
その都度気付いたら復権してる
というか、信忠を取り逃がした時点で少なくとも明智光秀はおしまいだろ。史実で信忠まで討ち取って味方はほとんどいないのに、取り逃がして明智光秀に味方する物好きなんかいるのか?
逃げ出さざるを得ない状況は十分にマズいとおもうけど
まあそこから巻き返せるかは器量次第だけど
明智討伐に関与出来ないって誰かが勝手に討つって事?
それとも直接指揮取らずに秀吉なりに討たせるって事?
前者は侵攻してきたのを返り討ちにしたとかでも無ければ独断専行として責められかねないし、
後者は織田の当主として命じたわけだから特に問題無いと思うが
>>623
>>独断専行として責められかねないし
そうなんですか?よくわからないので詳しく教えてくださるとうれしいです
ただ秀吉は独断で変から二日後には毛利と講話してしまったし
信孝・丹羽も津田信澄を勝手に討ってしまったしどうなんでしょうねえ
まあ逃げた場合の最悪のケースを私なりに想定しただけでして
史実では変勃発から光秀敗死まで約十一日間でしたが信忠生存の場合は
どんな時系列になるのか興味深いです 信長信忠という主を失った事で織田領全域が無秩序状態に近くなったから秀吉は勝手に動けたわけで
信忠が生きてたら毛利との独断の講和も大返しも下手すりゃ謹慎、最悪更迭物の所業だと思うがね
明智と縁戚だったとはいえ信孝らが信澄やっちゃったのも問題ではある
まあ緊急事態を理由にどこまでが通るのかでそれらもチャラになったり功績になったりするかもしれんけどさ
>>618
足利将軍は義満から義尚以外の全将軍が京都を追放されてるんだよね。特に尊氏、義詮は追放されて盛り返した例。 >>620
同意
信忠を取り逃がしたら
光秀側は離反者がでて自壊すると思う。
秀吉が戻ってくる前に信忠が光秀を鎮圧するのはそんなに難しいとは思えない
史実でも瀬田の大橋焼かれて進軍が止まってるからね
光秀の動きはそんなにはやくない
安土に帰りつけば体制の立て直しはそんなに時間かからない 織田武神伝では、秀吉が信忠に反乱して負けてたな。与力はほとんどそのまま秀吉に、堀秀政も秀吉に従っていたが。
仮想戦記の秀吉と家康はどんな状況であっても必ず信長(及び織田家)を
裏切らなければならないという謎の縛りルールを課せられてるからな
信忠は実績見る限りでは無能とは言えないと思うんだが。死にかけの武田を潰したくらいでは秀吉や家康に器量や能力では劣るかな?
>>630
たしかに劣るかもしれないが
信忠が生きて織田政権が続いた場合
謀反なんて危ない賭けにでるとは思えないけどな
例えば
秀忠と政宗だったら政宗のほうが器量は上だと思われるが
家康亡きあと政宗は謀反はしていない
いろいろ画策はあったと思うが >>627
敵側にとって信忠の存在がどれくらいあるのかなあ 逆に言えば信長の存在の大きさがでもあるが
明智自壊はさすがに楽観論すぎるような 秀吉や家康が簡単に謀叛を起こすって思ってる人が一番彼らを低く見てると思うわ
秀吉死去〜関ヶ原の時みたいにそういう流れになるか、史実本能寺の時みたいに徹底的に場が荒れるかじゃないとな
取りあえず細川筒井は日和見中立じゃなくて明確に敵対しそう
>>632
光秀側に付いたとしても
秀吉柴田この辺との決戦して勝たなきゃいけないし
まわりの敵対勢力の動きも先行きが不透明過ぎて
信忠にくっついて光秀討伐できりゃ恩賞は計算できそうだけど 細川筒井は信忠が即敵認定でもしないかぎりは光秀にはつかないだろうな
でも信澄を殺した信孝や三家老を惨殺した信雄ら弟の気性を考えるとどうなのかな
秀吉ならなあなあで許されても信忠なら連座確定と判断したら明智方参戦も
>>637
筒井は認定される可能性はある。実際、消極的ながら明智に兵を貸していたし。
細川はない。藤孝は早業ですぐに出家して弔意を表し、忠興はガラシャを幽閉している。これで認定したら信忠の器量が問われる。 >>636
そもそも光秀は地形的に終わってる。
丹波、山城、近江坂本。
信忠、信雄、信孝、丹羽、柴田、羽柴にすっかり包囲されてて、毛利や上杉、長曾我部と連携とるのも距離的にきつすぎるし。 >>638
少なくとも細川は変の時に信孝と一緒だったらヤバかったなw >>638
細川・筒井・信孝軍が普通に参戦できたら信忠は何もしなくても明智が終わる可能性はあるな
信忠に安土まで逃げられて瀬田を固められたらアウトだわ >>641
それはそれで恩賞払うのが大変そうだなぁ
できれば信忠が総大将の戦で決着をつけられればいいんだけど 恩賞は細川・筒井に丹波、丹羽に坂本、信孝に尾張の一部あたりかな
信忠が信長直轄地を引き継ぐのなら濃尾は一門領に割けるし
甲斐を徳川に与えるか、召し上げるかは分からんなあ
信忠の内政の資料って全く残ってないのかね
川尻が持ちこたえるかもしれないし
史実で徳川が暗躍しててそれが無いなら尚更
河尻は信忠直属の老臣だよ。
それに徳川暗躍とか、信忠に喧嘩を売るってことなんだが。史実みたいに北条と同盟を結べるなら信忠と対抗できるけど、そうでないなら自殺行為。
甲斐の情勢は梅雪が無事に帰還するかでも変わる もちろん家康の帰還は大前提だが
秀吉謀反論者もそうだけど信忠周り以外は全部史実通りとかありえないから
秀吉が反乱しても、領土は播磨、但馬、因幡、美作、備中だし、宇喜多や毛利を加えても残りを支配する信忠相手はきついな。大友や家康が味方になってもやはりきつい。
そもそも織田宗家の直轄領はどれくらいあるの?
佐久間折檻状とかみると信長はなるだけ領地与えて人雇えといってるけど
宗家は家督を継いだ信忠の岐阜尾張じゃないの
全国統一した後は神戸北畠の伊勢志摩と近江を加えたかったんじゃないかな
中央を譜代、遠方は外様、監視に五大将って感じか
織田政権の直轄領って意味では近江・山城・伊勢周辺かな
どこまでが直臣でどこまでが配下大名と見なすかにもよるけど
大雑把に言えば軍団長(羽柴・柴田・滝川・明智)と信忠の支配圏を除く全て
>>652
この時期は隠居(信長)と家督(信忠)が両立しているからな。当主だけなら美濃、尾張、近江、山城、伊勢かな。 >>644
現在では火事場泥棒説は否定されていて疑心暗鬼に駆られた河尻秀隆が甲斐で蜂起した土豪の鎮圧に援軍を出そうとした徳川に対して甲斐に駐留して居座る気だと錯覚したばかりか土豪の蜂起も裏で徳川が煽ったと勘違いした
織田家臣で唯一本能寺の変後に帰還できなかった川尻の個人的な失策に過ぎないので信忠が生きていても川尻は帰れないと思う 信忠存命だと蜂起の規模が大きく変わるからなんとも言えん
後詰めがあるかないかで変わると思うけど、甲斐征伐の苛烈さを考えると秀吉が帰還した時と近い日取りで終わらせる事は可能かもしれない
しかしながら、近畿中央の混乱はかえって早くなりはしても、川尻の甲斐や武蔵の滝川まで手は回らんと思う
よくて信濃か
でも、川尻が疑心暗鬼で命を落とすことなく、徳川と共同して当たる事はできそう
>>653
近江は南近江限定で伊勢は滝川と信雄・信孝いるしどうなんだろ 川尻の動向は史実と違う気の持ち方で変わると思う
史実は信長父子死亡で絶望と混乱のどん底だったし徳川が居座る云々も信忠健在なら判断が変わるだろう
>>654
国主の要請も無いのに援軍出して他国との境界侵犯したらそりゃ河尻は疑うわ。ただ息子の秀長が死んでないから、どういう形で死んだのかな、とは思う。 >>654
少しズレるが河尻がそう勘違いするレベルで徳川は何かやってたんじゃね? 可能性があるとすると旧穴山領に手を突っ込んでたとかかな。
それを甲斐侵攻の前段階と勘繰ってしまったとか。
信忠生存ルートでも穴山はやはり討たれてしまうのだろうかな。
そらつい数ヶ月前に甲斐で何をしたのか自覚があればテンパるのもしょうがないw
既に家督を継いでいる信忠が生きていれば北條が甲州に手を伸ばすことも無いし、
河尻も余裕を持って動けるよね。信州からの援軍も期待出来そう。
秀吉が与力や毛利、宇喜多、大友、長曾我部と組めればあるいは。
>>665
毛利とほかの連中は敵対関係
長宗我部と大友も一条氏の件で敵対 与力および毛利宇喜田大友長宗我部に秀吉と組む理由が無いからなぁ。
寧ろ光秀秀吉討伐で功績を挙げて信忠に所領安堵を求める方がありえそう。
>>665
長浜の嫁と母親はどうすんだよ。処刑されるぞ。 信忠政権で新たな国割をしたら史実同様に長浜は召し上げられるかもな
まあその場合も安土住まいで人質だろうけど
本能寺の変への対応次第だろうけど信忠の権威がどれくらいなるかによるけど
既得権益を犯すようなことをすると
信忠近臣層と羽柴や柴田とかの連中が対立しそうだな
勝家は一応譜代の筆頭家老だし秀吉は秀勝が養嗣子になってるから取りあえずは大丈夫じゃない
史実通り秀勝が早死したらどうすっぺというのはあるだろうけど
秀吉が謀反したら光秀みたいな三日天下かな?
宇喜多は実質羽柴配下。毛利は恵瓊いるし、徳川家康と結んで、前田利家に反乱を起こさせたらいけないかな?
みんな名分も無く戦力的にも劣勢な謀反に乗るとは思えん
話が来たら速攻で信忠に伝えて私は織田に逆らいませんアピールする方を選ぶだろ
うーんすぐ謀反の話になるけど
べつに戦国時代に限らないけどトップの意向が全部実現するわけじゃないし
まして信忠はまだ27歳の若年だし
本能寺の変の後始末がどのようにものになるかで、
織田家中内のパワーバランスも変わってくるだろうし
大義名分。
信忠公は能楽にうつつを抜かして武道政道を疎かにし、惟任日向の変事では父君信長公を見捨てて逃げた不義不忠の親不孝者。このような者は織田家督に相応しからず、よって廃するものなり。
>>675
是非信雄にその大義名分を掲げてもらって「お前が言うな」というツッコミ待ちをやって欲しい >>644
若干違う。家康は光秀と組んで謀反を起こしたため、自ら光秀の
援兵を率いて出陣した際に、留守中に河尻に領土を狙われる可能性が
大きかった。だから、先手を打って河尻を葬った。
時期的にそれ以外考えられない。余りにも手際が良すぎる。 >>671
秀勝が早死したら下の弟を貰うだろうな 信長は子沢山だし 史実の秀勝はタイミング的に無用になったから消された感がな
もし長生きしたらどういう立場になってたのやら
信忠存命なら早世しないかもな
信長の息子達って五男の信房(勝長)までは比較的有名だけどそれ以下はどうなんだろう
正直みんなパッとしなかったって印象が強いけど信忠存命だったら活躍出来そうな人材はいたんだろうか
>>682
信房以下は生まれが1571年以降のため、わからないとしか言いようがない。元服する前に信長、信忠が死んでしまったからな。ただ、バカでも他家に養子として送り込む駒としては使えるよ。 徳川の天下にならなければ忠吉以下は歴史に名を残さなかっただろうし織田もそんなものでは
信長が死んで家中がまとまるか疑問だな。信忠はまだ若いし、信長からの権力移譲も完全ではない。
実際、武田勝頼の例がある。勝頼は決して無能では無かったのにあの様だった。
信忠も勝頼みたいになる可能性はある。
そして政権は結局、羽柴・徳川ルートで終わるかも。
>>685
あとを継いだ時点でムリゲー確定の勝頼と同列にはできんでしょ 勝頼は長篠を勝てないまでも回避するだけで全然違うと思うが
信忠の場合は勝頼と違って大敗北しても自身が生き残ればリカバリーできるくらいの大勢力
武田で例えるなら信玄も上田原や砥石崩れで大敗してるが村上とはもはや地力が違った
さすがに信忠のケースにと勝頼を持ち出すのはなあ・・・
妄想を膨らませる前にもう少しちゃんと調べろとしか言いようがない
>>689
家督継いでる信忠と信勝の後見人の勝頼を比べてもね。 >>685
>そして政権は結局、羽柴・徳川ルートで終わるかも。
これ言いたいだけと違うか?
>>690
陣代説って否定されてなかったっけ? 信忠が生き延びたら織田武神伝みたいになって織田の天下かな。
>>692
たしか
本人が摂政になるんだっけ
滝川への肩たたきとか
ちょっとソフトな信長って感じだった >>693
秀吉は与力に宇喜多、毛利、高山、中川、堀、長谷川なんかを自分の盟友あるいは配下にしていたし、徳川家康とも同盟を結んでいた。
でも負けたな。 もしも光秀に細川幽斎と筒井順慶が協力してたら歴史変わったのかな
仮に、信忠が逃げられたものの重傷または隠れるしかないほど寡兵。秀吉が史実通り光秀を討った後に現れたら、秀吉は傀儡化を考えないで主君として仕えるかな?
>>696
側近がどれだけ生き残るかにもよる。
史実では信長、信忠に加えて、中核の幹部や奉行がほとんで死んで織田中枢が完全に脳死したからああなった。
奉行らがいるなら、長浜にいる秀吉の家族は抑えられる。
また傀儡にするにしても、傀儡にする名分がないと袋にされて終了。 勝家が戻ってきたら何とかなるんじゃない
流石の秀吉も織田家現当主と筆頭家老のタッグに喧嘩売るような博打には出ないだろう
>>696
信長でも信忠でもIF小説でそういうネタが有るな 当然秀吉は敵対するわけだが 信忠が生きていた場合、秀吉の与力がまず秀吉の天下取りに協力するかどうかが問題。
次に最低でも宇喜多と毛利は味方にしないと、秀吉は信忠に東から、毛利に西から挟まれて一気に苦しくなる。
宇喜多は秀家が親秀吉だから味方にできるだろうが、毛利はどうかな? 小早川が親秀吉だが、吉川は反秀吉だし。
与力はあくまで織田家臣だから、羽柴家臣になって特別な利益はあるのかな?
宇喜多はいざとなったら忠家が率いて離脱もあり得ると思う
秀家以外に羽柴に尽くす義理は無い
与力とかは信忠がどういう国割をするかだな
史実みたいに羽柴を大名化させてしまうのかあくまで軍団長と与力に留めるのか
信忠が生きていても秀吉がって言うけど、
やはり当時の評価として秀吉>>>>信忠というのはあったの?
もちろん、氏真みたいに親の仇もとらずというのであれば別だけど。
何についての評価なのかを明言しないなら質問として成立しないぞ
天下人に相応しいかどうかの評価なら
信忠>>>>超えられない壁>>>>>秀吉だな
信忠が死んだ史実ですら、秀吉は天下掌握の前に、形式的には信雄を主君扱いせざるを得なかった。
信忠が健在だったら、名分的にも信忠の能力的にも、織田系諸将が秀吉について信忠に逆らうことは
考えにくいな。
秀吉に限らず信忠が生きてたら誰の出る幕も無いんだよな
それでも、秀吉は天下を盗んでいたやろ
備中大返しといい、秀吉がしたことは、出来すぎ
信忠が生きていれば、史実よりやりにくいのは事実だよな。史実で味方にできた丹羽や池田、蒲生、堀が寝返るとは思えないし。
宇喜多、長宗我部、大友、毛利、龍造寺、島津と西国連合、なんて無理だよな。徳川家康、上杉景勝では信忠挟撃もうーんだし。
「信忠政権が安定したら潰される」と確信している大名以外は、主筋に逆らった上に直臣の兵力がショボい秀吉なんかに味方しないだろう。長宗我部くらいか?
織田武神伝では堀と長谷川、池田が信忠に俺は仕える義理はねー、と言ってたり、秀吉の提示した所領の条件に動かされて秀吉の配下になってたな。
確か堀が明智亡き後の丹波の大名に、池田が宇喜多から取り上げた備中の大名に、それで空き地の摂津に秀吉が入って大坂城を築く、だったかな?
すまない。少し記憶が曖昧だから。
長宗我部は秀吉が三好康長と手を結んでるから信忠に近づいてたな。毛利は秀吉と同盟してたけど、秀吉の旗色が悪くなると寝返ってた。
>>709
いや、むしろお前らは信忠に使える義理しかないだろ
特に池田 信忠生存IFでそいつら寝返るくらいならどうしようもないな信忠。
史実的に考えるなら細川筒井と中国組は秀吉につきそう。
ただ信忠がいると秀吉に大義がないから、結局兵力差で勝てないだろうな
織田武神伝では蒲生が信忠の有力な重臣に成長していったな。柴田勝家話が年のせいか、晩年は戦下手になり、罪を得て改易だったな。滝川が出家して信忠の軍師になっていた。
丹羽は確か信孝に殺されたんじゃなかったか? 坂井とか毛利新助、矢部家定が信忠側近として活躍してたな。
秀吉は家康と組んで信忠を倒そうとしたが、次第にやり返されて狂って最期だった。
>>711
大義がないのが致命的なんだよな
大義がないと中国組が秀吉に着く可能性は低いと思うが明智の与力は明智討伐時の与力達の動きと信忠の対応しだい >>709
大返しで秀吉が光秀を討たない限りは秀吉もそいつらも戦功が無いはずだよな
秀吉が討ったけど信忠からの褒美に不満ってなら秀吉旗下で戦った連中が秀吉に付く可能性はあるけど
あとは元信忠旗下で摂津に移された池田や信長側近の堀が信忠との仲がよろしくないとか 織田武神伝は確か、朝廷が織田政権を弱体化させたいからと、信忠、信雄、信孝、秀吉にそれぞれ官位を与えて頭比べさせていたな。
信孝は異母の兄、信忠から家督を奪いたい野心に燃えるが単独では勝ち目がない。秀吉は巧みに与力に毛利、高山、中川らを味方に誘うが、信忠に対する大義名分がない。
そこで信孝を秀吉が担いで謀反していたな。信孝はその内河内で自滅し、秀吉は家康と組んで信忠に当たった。
家康は確か旧武田領に野心があるから、北条を誘って甲斐に攻め込んで河尻を殺してたな。ただ、南信濃の毛利秀頼が踏みとどまったので、信濃の勢力拡大は思うようにいかなかったが。
小説の場合そういう展開にしなきゃお話にならないからな
実際のとこよっぽどな大義名分でも得なきゃ信忠(=織田家)に謀反起こしても、
織田家の軍勢と周辺の諸大名にフルボッコにされる可能性も高いわけだしなあ
大義名分があるとしたら、本能寺で生き延びる、つまり父親を見捨てて単独で逃げたわけだから、当時の親の孝と忠を欠いた行為。
そこで「父信長公を救おうともせず逃げた信忠は織田家の家督にふさわしくないので廃し、弟君で武勇優れたる信孝公を立てる。諸侯は我に協力せよ」とかは?
まあでもさあ、その展開だと信雄は信忠公側に付くことになるよね。
信雄ならば本能寺の信長公を置いて逃げたという負い目は無いし、信孝を担いでも大義名分は弱いと思う。
信忠自身が謀反起こしたとかでも無きゃ理由として苦しいな
武勇優れたるっていっても武田討伐筆頭にそれまでの実績は信忠の方が上だし
信孝を担いで当主にできるのなら史実でやってるだろう
秀吉謀反言ってる奴は、秀吉が長浜にいる女衆を見捨てると思ってるのか。
それとも脱出させる奇跡的手段があるの?
>>722
本能寺の変の混乱のどさくさに逃亡する。
実際に明智光秀が長浜占拠した際には逃げ切っている。
本能寺の変で逃げ出せた奴もいるから、不可能ではない。 >>722
謀反見据えるなら国割で長浜は返上しそう
その後で何か理由を付けて姫路に呼び寄せる >>724
謀反しますよーって大声で叫んでるようなもんじゃねえか馬鹿かよ 70近い婆さんが長浜から姫路まで逃亡
するって絶対無理だろ。
間違いなく道中で捕縛されるわ。
信長が地方攻略武将の主城を近江近辺に残してたのは人質の意味もあったのだろうか
秀吉と光秀は分かるけど勝家は北陸、滝川は伊勢が本拠じゃないのか?
>>728
丹羽の佐和山も近江。
丹羽長秀が「地方攻略武将」か、と言われると微妙な気はするが。 地方攻略武将は、信長研究でよく使われる用語としては所謂「方面軍」の司令やその有力与力だな。
どの本だったか忘れたけど、本能寺直前の信長は領土拡大に伴い、昔からの有力家臣を前線近くへと
移し、濃尾から近江、京都周辺を信忠を支えてくれそうな次代幹部で固めつつあったと指摘する研究も
あったような気がする(それを不安に感じたことが光秀クーデターの一因とまで言ってたかも)。
ま身内固めはどこの勢力でもやってることだしな。
徳川とか足利とかもしっかりやってる
2ちゃんねるの書き込みを見ると、まことばかり書き込みをしている
西上作戦からの織田・武田抗争、武田攻め、本能寺にかけて、松姫自身は信忠や織田家をどう思ってたんだろうな?
某やる夫AAドラマでは、保護してくれた北条家から「信忠は他に正室を娶らず待ってるみたいですよ」と言われて、
まんざらでもない顔してたけど、その時点で信忠は敵国の若殿というだけでなく、ガチで家族の仇なんだよなぁ……
秀吉、家康に謀反されて終了だろ信忠は。
信長なら切り抜けれても、信忠には信長ほどのカリスマ、実力はないし。
秀吉、家康、上杉、北条、毛利、長曾我部、雑賀で包囲すれば信忠は終了。あとはこいつらのどれかによる天下取り。
>>735
信長時代に比べて求心力が落ちても、信忠健在なら方面軍司令官級の重臣は主君として奉るだろう。
越中・尾張から近畿までの織田領国を信忠が固め直したら、外征を再開するだろうね。家康あたりは
信忠健在を何時知るかにもよるけど、同盟継続で手打ちしそう。
他の大名も、過去の信長包囲網と同じく、一枚岩は難しい。毛利と長宗我部は伊予を巡って、北条と
上杉は上野を巡って、北条と徳川は甲信を巡って抗争を始める可能性が高い。 家督はすでに譲られてるとして
秀吉は史実通り引き返してくる
そして信孝、長秀と合流
信忠は岐阜城に潜伏 勝家、一益、長可、川尻秀隆らと合流
光秀は秀吉に史実通り倒されて
信孝擁立派の秀吉 長秀 VS 信忠擁立派の勝家 一益になるんじゃないかな
明智討つまではともかく、その後丹羽や池田らは信忠サイドな可能性高いだろ
名分的にも勢力差の点でも誰も味方になりそうになりそうにないってか当の信孝すら断りそうなシチュだと思うが
織田信忠が生きているうちはよっぽど当人が無能じゃなければ天下取りなんて無理
早死にするか無能化したらチャンスが出てくる程度
信孝vs信雄になったのは、本能寺で生き残ったのが、家督を譲られていた嫡男の幼い遺児と弟たちで
重臣が誰を傀儡に担いでも、それなりに大義名分が立つ状況になったから。ある程度の能力と覇気と
武勲を持つ成人の嫡男=信忠が生きてるのに、弟と組んで謀反しても勝ち目は薄い。何より信孝も信雄も
家督を継いだ兄に対する反逆の旗頭は嫌がるだろう。
今年亡くなった佐藤大輔の戦国仮想戦記で、本能寺の変を聞いたのに信孝が仇討ちを宣言しないから
兵が逃亡し、長秀が呆れる場面があるけど、やりようによっては信孝は光秀討伐の実質的主力になって
天下も狙えたポジション(変時に、近畿で出陣準備が整った兵団を率いていた)ではあったけど。
そもそも秀吉が光秀を討つって史実が変わる可能性が高いと思うけどな
変時 光秀の兵ですら信長を討つと理解せずに本能寺に攻め寄せたんだし、信忠を逃がしたとなれば、与力だけでなく新参の家臣の離脱も相次ぐだろう。
そうなれば数日で信忠が光秀を鎮圧できると思う。
秀吉が台頭する余地がないと思うけどな
>>738
柴田はともかく滝川が何かやらかすのは想像付かないな
自分の隠居料と身内が食ってけるだけの分を確保できればそれでいいやみたいな感じだし
まあ殺らなきゃ殺られる状況でもあるからそんな悠長なこと言ってられないかもしれんけど >>743
いつも疑問なんだが信忠がそんなにすごかったら、
本能寺の変のときの信忠への光秀の対応とか有り得ないじゃないかとおもうんだよね >>746
あれはしょうがない。
東は近江坂本、西は丹波亀山、北は光秀縁戚の細川、南は光秀与力の筒井って状況だよ。
実際はマトモに連携なんてしてないし隙だらけだったと思うが、それは後世の人間だから言える話。
そして何よりも『あの信長でさえ逃げ切れず死んでいる』というどうしようもない事実。
しかも時間も情報も限られているのでは、信忠が絶望して脱出をあきらめるのは無理もない。
だって包囲されてるとしか思えないもの。
で、このIFスレではそれでも信忠は脱出する訳だから史実よりも胆力、諜報力、決断力がさらに上昇する事になる。
これに織田の当主(家督は継承済)という正当性と、武田を滅ぼしたという実績まで加わる訳。
そりゃ信忠大勝利ENDを想定する人が多いのは当然だよ。 >>746
信忠の能力を過大評価してるわけではないよ
それまでの戦歴からそれなりの能力があると考えているだけ
信忠の変時の対応については、結果論だよ
脱出しなかったという失敗をおかしたのは事実だけど
それが彼の能力の限界って断じてしまうのはどうかな?
歴史ってのは錯誤の積み重ねみたいなもので錯誤の少なかったものが勝ち残るものだから
それに
仮に脱出に成功した後 事態の収拾をする能力があるかとは別だし、
その後政権運営能力があるかというのも
関ヶ原で遅参した秀忠が将軍として政権運営をそれなりに行えているという史実からもそんなに問題があるとは思えない。 いや信忠の事じゃなくて、
光秀がそんなすごい信忠がその気になれば逃げられてしまうような対応したのかということで
信長と同時に包囲すればよかったのにねえ
信忠も同時に包囲しようとしたでしょ
おそらくなんらかの手違いで時差ができたんだろうね連絡がおくれるなんてのは普通にあっただろう当時は手段がかぎられるし、
そこに光秀の錯誤があったんだけど
後に考えるとそこに信忠の好機があったんだけどそれを生かせなかったのは判断ミスだけど
まあ結果論だよね
そもそも明智光秀は、本能寺の変からボケたみたいにおかしい行動を取りすぎている。秀吉が帰ってきたのは意外だろうが、摂津には進出しない、美濃へも進出しない、近江でぼうっとしてるだけ、公家の相手、大名に手紙を出すだけ。
信長の頃の光秀らしさが全くない。
>>748
そもそも京都は歴史上囲まれるとどうしようもないからな
南北朝でも京都に軍勢がやってくると囲まれる前に脱出する
足利義詮が天皇放置してまで逃げたのは有名な話 >>750
兵すら信長を襲うと知らされてなかったのに二手に分かれて同時包囲とか困難かと
誰ぞに本能寺に注進されたら終わりだし てか重臣の謀反人相手でも
一か八かで逃げて途中で捕まったら、
恥じって価値観なのだろうか?
>>754
明智配下の部将なら二手にぐらい分けて指揮できる人数は十分いるでしょ >>745
二条城で籠城をして援軍を待つというのは決してまちがった判断ではない。
実際六条合戦ではそれで信長の援軍が来るまで持ちこたえた。
まあ守っていたのは明智だけどさw
細川や筒井など明智の与力で謀反に参加していると信忠が疑ったとすれば安易そこに逃げるのは避けるだろうしね。
>>752
十日くらいだからな、朝廷工作で大義名分つくって謀反の裏付けをして、
畿内の諸衆に手紙かいて、京都周辺を制圧するだけで精いっぱいだって >>755
当時は雑兵に首とられるのは恥という考え、
秀頼が出馬しなかったのもそれじゃないかと言われているね。
秀吉が明智が農民に首とられたとしたのは、明智を貶める為かもしれない。 それって真っ当な合戦時だけじゃ無いの?
重臣の謀反から、本拠地へ逃げてる間とか
不利過ぎるよな。
>>715
織田武神伝てさ、信忠が生き延びて史実で上に立つ秀吉が死んだだけでそれ以外の歴史の流れは大きく変わってないよね。あとは死ぬはずだった勝家が蟄居、一益が軍師みたいな感じなだけ。
どうせIFならもっと史実と話を変えて
弟の信房や叔父の長利や団忠正も生き延びさせたりとか
伊達政宗の抑えに蒲生氏郷ではなく真田兄妹や島清興を当てるとか
前田利家は主家に逆らい秀吉側に付くとか
キリスト教の洗礼受けた松姫を正室なり側室なりに迎えて甲斐や信濃の反発を抑えたりキリスト教徒の防波堤にしたりとかすれば面白かったのに。
プロローグで信忠の夢の中の松姫はいったい何だったのか。 >>761
その話って、信房は生きてて、最後に松姫と信忠を引き合わせたはず >>761
前田利家は信忠から加賀を与えられ政権内の大大名に昇格してるし、河内と和泉の戦いで秀吉に屈辱的敗北をさせられていたから、秀吉の誘いを拒否していたよ。
それと信忠が次第にミニ信長みたいに成長していたよね。 逆に信忠は史実通り死亡。家督継いでない信孝が以前から傑物と知られ、四国遠征軍を離散させず光秀を討っていたら、信孝政権になっていただろうか?
>>764
その場合、苦しいのが信長や信忠を支えた福富、野々村、菅屋などの奉行衆がみんな信忠と一緒になって死んでいること。生き残ってるのは矢部家定くらいだから、織田家の奉行衆はほぼ壊滅状態。
長篠の武田、桶狭間の今川と同じで織田は人材的に苦しく、信孝政権はかなり苦しい船出になるのは避けられない。 そもそも秀吉が織田簒奪に動いたのは、信長や信忠に加えて織田譜代というべきエリートの奉行衆がほぼ壊滅したのも大きいよな。死んだ奉行衆で半数でも生きていたら、秀信立てて織田存続で頑張ったかもしれないのに。
>>764
とりあえず信雄も本能寺か妙覚寺にいて一緒に討ち死にが大前提かな むしろその逆で信孝が在京パターンの方が面白そう。
卓越した武で一時明智を押し返し信忠を逃がすとか。
そもそも信孝は過大評価だと思ってる、個人的に。
特に四国征伐軍の時から行動を共にしていたはずの、
丹羽長秀とのパイプ構築が出来てないのは正直どうかと思う。
長秀を味方に出来ればその後の展開は全く違ったものになったはずなんだが。
いくら信長が死んだとは言え脱走者続出で軍団崩壊なんて時点で器量は知れてる
軍事的にはともかく政治外交面ではそうかもね
秀吉と対立しても落としどころで折れて何だかんだで生き残ったし
本能寺には、抜け穴があった
発掘調査でも、証明済みや
抜け穴があったのに、なぜ、信長は抜け出せなかったのか!
一説では、秀吉の仕業やろ
でも、本能寺の変のとき、秀吉は、毛利の
ど真ん中にいた
と、司馬遼太郎が言っている
本能寺の抜け穴を知っていたのは、どれだけ
いたのか
歴史研究者によると、秀吉より光秀のほうが、
信頼は厚かった
>>777
スレタイ見ろや。本能寺の史実話やるスレに行け、ここで話を広げるな。 >>764-772
今年亡くなった佐藤大輔の戦国架空戦記だと、信長&信忠の脱出を知らない信孝が「1万もおらんのに
日向(光秀)に勝てる訳ない」とグダグダしているうちに兵が逃亡。やっとヤル気を出したと思えば、
矛先が信澄で、呆れた長秀が信澄に危機を知らせて逃がす。
山崎で秀吉に合流した信孝が「何で俺が総大将じゃないんだ!?」と言い出して、長秀は内心「そんなこと
言ってると筑前(秀吉)に殺されるぞ……」とハラハラするという展開だった。信長が細川に庇護されて
生きていると知らされた秀吉が、手柄立てすぎて睨まれないように、信孝を立ててくれるけど。
その後色々あって、「用済みで粛清される」と思った家康が信長に総力戦を仕掛けて、信雄は筒井順慶に
補佐されて(内心で馬鹿にされつつ)岐阜城防衛の名目上の大将になる。
作品自体は例によって中断したままだけど、日本が西欧と世界の覇権を争う歴史への布石として、信忠は
美濃尾張や畿内ではなく、島津を降伏させた後の九州管領として秀吉とともに赴任するという流れ。 >>772
軍事的になんか功績あったか?
信雄は一応秀吉軍を半年は領土の大半を失いながらも防いでいたが、
信孝なんて瞬殺されてんぞ。 >>780
まあ信雄には北畠の名跡を継いで信長の威光ありきとはいえ、そこそこの間伊勢を治めてたうえに、
信忠の同母弟であるっていうアドバンテージはあるからな。
いきなり岐阜に入って足元を固めるところから始める事になった信孝と比べるのはな。
とはいえ、信孝は過大評価されているって意見は変わらんが。
正直、織田家当主にふさわしい器だとはとても思えんし。 >信忠の同母弟
これは眉唾ネタじゃなかったけ
一次資料を見る限り信忠と信雄の母親が同じである可能性は限りなく低いと聞いたが
>>778
まこと
おまえが一番、スレッドに関係のないことを書いているだろ >>782
いやどうかな。それなら信雄の待遇が信忠の次点で、しかも伊賀攻めの大失態を処分されてない理由がわからなくなる。
信忠と同母なら処分しなかった理由として説明はつく。 高待遇=母親の身分が上=信忠と同母とは限らないけどな
神戸氏に入れられるつーのも北畠に比べたら正直微妙だな
信長が身内に甘いのはいつものことだしな
親子の縁切るぞとまで脅されてるからむしろ十分厳しい叱責を食らったと言えるのでは
>>787
神戸と北畠の差もそうだけど出生時の逸話から考えると信孝生母の身分が低いのもあるのじゃないか
まあ同母説と同様に大名として生き残った信雄系に都合の良い話が流伝された可能性はあるけど 待遇云々でいえば信雄より信房の方が信忠と同腹の可能性が
高いような気がするわ
同腹云々なしで考えても信房が戻ってきて一番焦ったのは信雄じゃなかろうか
>>790
吉乃の没年を考えたらそれはありえないかと
吉乃の没年は1566年 4男秀勝以下はそれ以降誕生 だから信忠の母は吉乃ではなく信雄とは異腹なのではという話になるんだろう
実際、存命中の信忠は生駒家とほとんど接点がなかったみたいだし正直怪しいと思う
信忠が生き延びてたら信房は良い片腕になっただろうな
>>792
信忠と信雄が異母兄弟だったとして信忠が吉乃の子じゃない可能性のほうが高いってこと? >>794
信雄の母が生駒氏なのは確かだけど信忠や五徳も同母兄妹というのは
信雄の家系が織田宗家になってから出てきた話
なのでその真偽を巡っては色々と意見が分かれている 吉乃が信忠生母じゃないなら高待遇される理由がないのだよなあ
よほど信長の寵愛を受けたとかじゃないと >>785の理由もそれか 生駒吉乃に関して巷に流布してる説のほとんどがソースは武功夜話であって信憑性は皆無に近い
そもそも吉乃という名前自体武功夜話が元ネタだしな
信雄よ扱いが良かったのも単純に次男だからじゃね?
そうなんだ
吉乃ってどこにでも出てくるから史実で分かってるのかと思ってた
坂氏や鍋の方はどうなの?
信雄の扱いが良かったといっても信房みたいに尾張に城を
もらったわけでもないし織田姓を許されていたわけでもなく
養子に出されたわけだから本当に良かったのかといえば?が付く
本当に大事な息子なら同じ養子に出すにしても信房みたいに親戚お預けみたいな
感じにするんじゃないのかなあ
>>799
信雄と信房の時では織田家の状況も違うし北畠は伊勢国司の名家
親戚とはいえ家臣の養子とは格が違う
帰ってきていきなり犬山城を貰った信房の扱いが良いのは確かだけど本能寺ではそれが仇になったな 家督争いを避けるためか明確な線引きしてる感じはあるね信長。
戦略的な意味合いも強いだろうけど信雄はかなり可愛がられてたのかもしれない
信忠が特別扱いなのは分かるが信雄はそこまででもなかったのでは
明確な差が無かったからこそ本能寺の後信孝と争いになったんだろうし
つっても明確に差をつけたところで信雄本人があれだからどっちみち争いは起こってただろうが
山崎の戦いに参戦したVS安土を焼いたでいい勝負になったのだから信雄は次男という以上に優遇されてたのかもしれない
信雄にしろ信孝にしろ信忠が生き延びてたら今以上に地味な存在で終わってた気がする
信孝は予定通り四国征伐を任せてもらえてそれに成功すれば多少名を挙げただろうけど
それなりのポジにはついただろうね
賤ヶ岳や小牧長久手みたいに大きな戦いの主役の一人になれたかどうかは分からんが
江戸幕府の御三家みたいな将軍継承権はなくても
越前松平とか会津ぐらいの存在にはなったかも
史実では信忠系は息子の代で絶えてるから場合によっては後継もあるかも
>>809
信忠は26で死んだから、長生きしたらまだまだ子はできたかもね。
秀信、秀則にしても、信忠が長生きなら、子はできたかも。というか、大きく生涯が違っただろうね。 三法師とその弟は側室腹だから信忠が正室を娶って男子が生まれたらそっちが嫡男になるだろうしな
一応信長存命中に元服してた息子の一人なのにあんまり話題にならない秀勝くん可哀想です
早死にしなければ羽柴家を乗っ取る以外にも何か活躍できたんだろうか
>>813
その前に羽柴を継げるかどうか。
あの時期の病死って、織田の乗っ取りが一応は完成したから秀吉が始末した、と疑いたくなるような時期だし。 >>814
信忠が生きてたら
そのまま後継者だと思う
秀次は三好姓で そりゃまあ実子でも生まれない限りは後継者変更は難しいだろ
秀次が三好姓になるかは養子入りの時期が本能寺前とも後とも説があるからわからんがね
信孝が三好に養子入りするはずだったって説もあるし